【完】『浅草心中』
ともあれ。
そういう儀式めいた登楼を経て藤枝外記と綾衣は馴染んだのであるが、馴染むと遊女と客は、さながら夫婦のような感覚になる。
しかも。
客は仮にも五千石近い直参の幕臣である。
おまけに若い。
顔も、悪くない。
綾衣が十九歳のときに外記は二十八歳であるから、外記も男盛りである。
そうなると。
惚れるなというほうが無理な話で、綾衣も普段から、
「外記さま」
と言って、将来まで誓う仲でもあった。
しかし。
当然ではあろうが藤枝家では、若当主の女郎屋通いを苦々しく思っていたようで、
「外記どの、妻も子もおる身で女遊びにうつつを抜かすとは、どういう了見でございますか」
と未亡人である義母の本光院などはとりわけ口やかましく、
「仮にも藤枝家は将軍家のご連枝、粗相なぞは許されませぬ」
などと説教をしてくるのである。