秘密の交換をしよう
「うち、母親がいないんです。俺が四歳のときに死んじゃって」
……こんな暗い理由だったなんて、予想もしなかった。
言葉が見つからない。
「気、遣わないでくださいよ。随分昔の話なんですから」
その気持ちはわかる。
私だって、過去話で同情されたり、態度を変えられるのは嫌だ。
「そうだ、いい加減敬語やめてくださいよ。俺、年下でバイトの身ですから」
そう言いながら振り向いた翼君は、微笑んでいた。
本当に、ただの過去として話してくれたにすぎないんだ。
「わかった」
私は翼君の望み通り、気を遣わないで、笑った。
それを見た翼君は、満足そうな表情で、キッチンと向き合った。
おいしそうな音が、部屋中に響く。
「さ、めしあがれ」
ビーフシチューが注がれた、平たいお皿が、テーブルの上に二皿置かれた。
もうひと皿の前に、翼君が座った。