追憶
第二話
車の助手席に座りながら芽衣子はちょっと戸惑いがちに郁子を見つめる。退院前に語った郁子の冒険プランとは、芽衣子の歴史を追うというもので、過ごした町や景色を見ることで記憶を取り戻そうという企画だ。
この企画には郁子のみならず太一も賛同しており、全面的に協力すると言ってくれた。
「本当は彼氏の草野さんにも参加してほしいんだけど、メイが嫌なのよね?」
「うん、記憶を取り戻したい気持ちはあるけど、草野さんとはやっぱり合わないと言うか、本当に付き合っていたかどうか判断つくまでは距離を置きたい」
「ぶっちゃけタイプじゃないとか?」
「う~ん、そうかも」
「だいたい、私に隠れて付き合うからこんなことになるのよ」
「知らないわよ。私だって付き合ってる認識ないんだから」
「五年前から付き合ってて写真まであるのに?」
「それ言われると弱い。動かぬ証拠っぽいし」
「なんか聞いてると、メイって草野さんとの付き合いを否定したいが為に記憶を取り戻そうとしてるふうに見えるわ」
「半分正解かも」
「草野さん可哀想~」
「他人の恋愛にまで口出さないで」
「はいはい」
(それに、今はどちらかと言うと太一さんのことが気になる。苗字からして本当の姉弟だとは思うけど、できれば弟であってほしくなかったな……)
太一のことを考えながら流れ行く景色を眺めていると、どこかで見たような建物が見えてくる。
「あの大きな建物に行くの?」
「察しがいいね。もしかして何か思い出した?」
「ごめん、そこまでは」
「そっか、まあ、とりあえず行ってみよう」
建物の入る門扉に北九州大学と記されており、この建物がどういうものかを悟る。駐車場から構内に入ると郁子が小声で話しかけてくる。
「ここは私とメイが知り合った大学よ。見覚えない?」
「うん、なんとなく既視感はある。でも、鮮明には思い出せない」
「じゃあ、よくおしゃべりしてたサークル部屋に行ってみようか。鍵はもう借りてあるから」
促されるまま構内を歩き、歴史研究会と書かれた部屋の前にくる。
「この部屋はもう使われてないから、誰も来ないし安心よ。さ、入って入って」
開錠しドアを開けると芽衣子を先に入れる。室内は本棚が多く、名前が示すように歴史の本が多数見受けられる。
(歴史研究会。ずいぶんマイナーなサークルに入ってたんだな私)
室内を歩いていると本棚の一角に変わった雰囲気の本がちらほら見られる。埃が気になりつつもその本を手に取るとページを開いてみる。
(実録心霊スポット。歴史と全く関係ない気が……、でも、つい手が伸びるってことは)
「あら、やっぱりそれに手が伸びたか。それ、メイの本だよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「もしかして思い出した?」
「ううん、全く。でも、自然に手が伸びたってことは、つまり過去この本に意識があったってことだと理解したの」
「そうそう、メイがこの歴史研究会に入った理由が歴史に登場する呪いを調査するって趣旨だったからね。わりと気味悪がられていたよ」
ニヤニヤしながら語られ芽衣子は顔を赤くする。
「知らぬこととは言え、ごめんなさい。呪いの研究だなんてホント引くよね。でも、なんか面白そうと思うのは本人だからかな?」
「だろうね。夏になると心霊スポットとかよく行ったもん」
「あはは、ごめんごめん」
「でもさ、なんか思い出すきっかけになったんじゃない?」
「うん、心霊スポットって聞いてほんのりとトンネルの映像とか浮かんだし」
「いい傾向だね。こりゃ実際に行ってみるか」
郁子が楽しそうに計画を立てていると、入り口のドアから教諭と思われる男性が姿を現す。
「ちょうど来てたか。見て行くのはいいが、ちゃんと鍵締めてから帰るんだぞ」
「はい、先生。ありがとうございます」
郁子に続き芽衣子も頭を下げる。記憶には無いが先生と言われると礼儀だけは通しておく。大学を後にすると有名な心霊スポットに寄った上で帰宅する。
郁子には怖くて言えなかったが、心霊スポットに行った際に草野によく似た人影を見かけており、草野に対する警戒感がより強くなっていた。