追憶
第八話
上司を警戒しつつ会社に潜入する郁子を微笑ましく見守りながら芽衣子も後を追う。久しぶりに来る社内にどこか新鮮味を覚えつつ、同僚の吉沢碧(よしざわみどり)を遠くに見つける。
「あ、碧だ。久しぶりだし挨拶しとこうかな」
「ちょっと、何暢気なこと言ってるの!? 私を困らす気か!」
「ごめんごめん、サボりのこと忘れてたわ」
焦って抗議する郁子に謝るとそそくさと廊下を走りぬけ、誰にも見つかることなく無事ロッカールームへと到着する。退社時間が迫る中、急いでロッカーに向かうと芽衣子の了解のもと鍵を開ける。
「さてさて、ファイルは……、あった! この青いヤツだよね?」
「うん、それそれ」
郁子から手渡されると、すぐさま開いて目を通す。そこに書かれてある内容はあまりに衝撃的で、少し触れただけでも芽衣子は眩暈を催す。
「ちょ、ちょっとメイ? 大丈夫?」
「う、うん、大丈夫。だけど、ちょっと落ち着きたい。とりあえず会社の屋上でゆっくり確認しよう」
「そうね、あそこなら誰も来ないし」
フラフラしながらも人目を避け、階段を使い屋上のベンチにまで来ると溜め息をついてからファイルを開く。真っ赤な夕焼けが屋上には降り注ぎ、二人を温かく照らしている。
「ねえ郁子、郁子って私と付き合い長いんだよね?」
「何を今更、当たり前でしょ?」
「例えば、凄く信じられないような話をしたとしても信じてくれる?」
「当然」
笑顔で即答する郁子に芽衣子も安心して笑顔になる。
「ファイルに書いてたんだけど、私の両親を殺害したのは太一らしいの」
ファイルを膝の上で開き当該箇所を指差しながら芽衣子は語り、その様子を真剣な表情で郁子は見つめる。
「そして、その事実を知った私は太一を問い詰めた。すると太一は……」
「僕は、姉さんを襲い、逆に抵抗した姉さんによって殺された」
ベンチの真横にはいつの間にか太一が立っており、恨めしそうな表情で芽衣子を見下ろしている。
「太一!」
「僕は純粋に姉さんを想っていただけなのに、母さんたちは邪魔をした。だから排除したんだ。そして、やっと邪魔者が居無くなったと思った矢先、僕は姉さんに殺された」
「あれは正当防衛じゃない! 恨むなんて筋違いもいいところだわ!」
ベンチを立ち上がると芽衣子は太一と対峙する。
「死んでまで私につきまとって、挙句の果てには自動車事故で殺そうとした。貴方は最低だわ!」
「最低なのはどっちだよ。僕の想いを無視して草野なんかと付き合いやがって。僕の方が姉さんをずっとずっと理解してるのに! 僕の姉さんなのに!」
「アンタは異常だよ」
突然現われた昌弘は低い声でそう呟くと、太一を背後から羽交い絞めにする。
「草野さん!」
「メイ、遅くなってすまない。外法だがやっとコイツを消す術を手に入れてな。これでやっと君を守れる」
ニヤリと笑うと昌弘の身体が白く光り、太一と同化するかのようにどんどん透明になって行く。
(思い出した! 草野さんは、草野さんは私の……)
「草野さんやめて! それ以上やったら!」
「いいんだメイ、僕はとっくに死んだ人間だ。こいつと道連れにして君を守れるのなら守護霊として本望だ」
「やめろ! 放せ草野!」
「オマエさんは俺と一緒に地獄に行くんだよ」
光がどんどん強くなり、消え行く瞬間昌弘は最後の言葉を残す。
「恋人が守護霊だったなんて馬鹿なことは忘れてくれ。さようなら、メイ。君と天国に行けないことが心残りだ……」