secret justice
第12話

 ロッカーの扉を開けると白のカーディガンがまず目に入る。扉の裏側には女友達と旅行に行ったときのものと思われる写真が一枚貼ってあり、背景に頭のハゲかけた男の後ろ姿が写っているのが哀愁を誘う。そして、棚の上を見るとそれらしいクリアファイルの束が置いてある。 真は小声で天野に話しかける。
「目的の資料はどれ?」
「一番上のファイルよ」
 真は一番上のを取ってロッカーを閉める。ロッカーは自動ロックつきのようで閉めたと同時にロックのかかる音がする。ハト時計を見ると十時二分前を差している。
(あと少ししたら携帯から一報しといた方がいいな)
 真は既にカフェで待ってるであろう鹿島を気にしている。
「久宝さん、資料取ってきました」
「あ、ああ! ご苦労さま。すぐ分かったか?」
「ええ、天野さんに聞いたんですぐに……あっ!」
 真の言動より背後霊の存在を実感したのか、竜也は思考停止し凍結する。
「えっ~と、まず資料を拝見させてもらいますね」
 固まっている竜也を無視して真はファイルを広げ始める。


No.1(契約書)

1:更科義男(以下甲とする)を依頼者とし、当社(以下乙とする)が法令遵守を前提とし調査にあたる。

2:調査期間は平成17年6月20日(月)からとし、月水金を一週目、火木土日を二週目としてこの繰り返しで調査を行う

3:一日の調査料金は八時間を基本として7000円とし、それ以降の調査は一時間1000円とする(交通費別)

4:調査終了までにかかった諸費用と調査報告書作成手数料は別料金

5:甲は乙に対していつでも契約の解除ができる。解除までの調査料金は発生。解除に伴い損害が発生した場合も甲が賠償する

6:乙から甲に対して契約を解除するには法令にのっとった正当な事由を必要とし、それまでの調査費用は請求しない

7:準拠法は日本国とし、裁判地は八雲地方裁判所とする

8:乙は業務上で知り得た個人情報を厳重に保護する



請負人:久宝探偵事務所所長:久宝竜也

依頼人:更科義男
生年月日:昭和15年12月16日
住所:水城町上中野4-17
職業:高空市市役所役員
連絡先:@@@-@@@-@@@@
緊急連絡先:@@@-@@@@-@@@@

家族構成:祖父明男・祖母紗枝・妻優子・長男勇気

依頼日:平成17年6月17日





No.2(依頼内容及びその概要)

1:甲の周辺に起こっている不可解な出来事を調査

2:甲の息子、更科勇気氏の素行調査


1について:

甲によると、車のパンクや私有地におけるゴミの投棄、イタズラ電話等が発生。プライベート・勤務中問わず不可解なことが起きておりその原因調査を依頼。

2について:

甲によると勇気氏は大学に入学してから夜遊びが多くなったのか自宅にも帰らない日もあり、聞いても答えはいつもはぐらかされる。何をしているのかを調査してもらいたいと依頼。




No.3:更科義男にまつわる身辺調査報告書

・依頼から一週間後、甲の車両を尾行する車両を発見。車両の尾行は甲の母屋前まで継続。対象はこれといった行動もなくそのまま移動。対象を尾行するが見失う。

・対象確認から一週間後、同じ条件下で対象を発見。甲の母屋にゴミ袋を投げ入れる場面に遭遇。その撮影にも成功。尾行の結果氏名・住所等の情報を確認。

・対象者氏名:黒田勇作
住所:月笠市月笠九―三、コーポサンセット一○二号

・四日後の金曜日依頼者への報告予定




No.4:更科勇気の素行調査報告書

・勇気氏は大学における通常の授業はすべて真面目に受けており、学業は疑う余地は無し。授業は月曜日から金曜日まで毎日有り、土日も午前中のみ研究室にてサークル活動にいそしんでいるもよう。

・授業終了後は学友と共に遊興する。主に八雲駅周辺にて行動している。女友達が多いようだが遊興中は普通の若者となんら変わりない行動。

・夕方五時頃、八雲駅の周辺でゴミ拾いや治安維持にあたるNPO法人の事務所の支店に出入りしていることが判明。支店は当探偵事務所から1キロ程のビルに所在。本部は茶屋咲駅から徒歩二分の場所に所在。

・数分後事務所からNPOの運営する名称『sora-空-』というジャケットを身にまとい、同じジャケットを着た男女数人と出てくる。活動日は土・日・祝日。

・活動は九時過ぎまで行い。商店街の店主たちからも感謝されているようだ。

・NPO活動後はネットカフェ『ピエタ』でのアルバイト。終わるのは深夜二時。アルバイトのある日は八雲駅近くの友人宅へ宿泊する。アルバイトのない日はNPO活動後に帰宅。アルバイトは火・木・土・日の週四日

・最終報告。素行に問題無し。甲の身辺調査報告と共に報告予定


「へえ、こんないい人も殺されてしまったのか」
「真君、事件に関係ないとこは読んじゃだめよ」
 天野からごもっともなお叱りを受ける。確かに今回の事件と勇気さんとは何も関連がなさそうだ。
「久宝さん? もう大丈夫ですか?」
 真はほったらかしにしていた竜也に声をかける。
「ん、大丈夫だ! 任せてくれ!」
(ホントに大丈夫かなぁこの人……)
「では、この黒田という人を詳しく調査しましょう。更科さんから何者かを聞く前に殺害されてしまった以上、一番怪しい人物ですからね」
「うむ、俺を狙う確率が一番高いヤツとも言えるな。こいつの家は俺が調べたからな、今からでも行けるぞ」
「ちょっと待って下さい。いきなりこちらから押し掛けても、下手したらこっちの情報を相手に悟られるだけになるかもしれません。むしろ逆に命を危険にさらすことになる可能性もあります。黒田が犯人だと仮定した場合、現段階で黒田が天野さんの資料を見て探偵が自分を付けていたのだということを知られている可能性は高い。しかし、こちらから敢えて敵陣に乗り込むことはないと思います」
「では具体的にどんな作戦がある?」
「そうですね、やはりここでは黒田の身辺調査だと思います。あくまで秘密裏に黒田を調査し、黒田の情報を集める。一家を惨殺するくらいの事件ですからね、もしかしたら黒田の裏に何者かが付いてるかもしれません」
「うむ、確かに言えてるな。黒田一人がここまでやるなんてそうとう恨んでいるか、何か裏がないとしないだろう」
「はい。そこで久宝さんには事務所をしばらく閉めてもらい、黒田の調査だけをして下さい。事務所で仕事をしているといつ誰に襲われるか分かりません。安全のためもありますけど、事件を早期に解決させるのにもまず黒田の調査が最優先だと思います」
「分かった。そうしよう。君はこれからどうするんだ?」
「僕は僕のできる範囲でこの事件の調査をしようと思ってます。僕には天野さんが付いてるんで久宝さんとは違った捜査ができると思うんで」
「やややっぱり、ままま真君に憑いてるんだな、分かった!」
 竜也は何気に真と距離をおく。
(付いてる意味をそっちで捉えたか。ま、間違ってはいないけど……)
「じゃあ俺は黒田を付けてみるから真君は真君で調査をしてくれ。何か分かったらお互い携帯で逐一報告ということでいいな?」
「はい」
 真と竜也はお互いの携帯番号を確認する。事務所の扉に書いてあった業務用の携帯番号ではなく竜也個人の携帯のようだ。
「それとこのファイルだが、これも真君に渡しておこう。危険な状況の俺が持っているより、第三者の真君が持っている方が安全だろうし捜査の役にも立つだろう」
「分かりました。事件が解決するまでは僕が保管しておきます」
「天野のデスクの一番上の引き出しにリュックが入ってるからそれに入れていくといい」
「真ん中の引き出しよ。真君」
「分かりました」
 真は天野の言うとおり真ん中の引き出しを開ける。中には紺のリュックが入っている。リュックを取るときにデスクの上を見ると筆記用具の他に各辞典辞書がずらっと並んでいる。中大卒というのは嘘じゃないのだろう。
 その辞書の隣には写真立てが飾ってあり、ロッカーの写真にも写っていた女性と天野のツーショット写真がある。見たこともないくらいの笑顔の天野がそこには有り、この人とはそうとう仲が良いのだろう。ふと机のデジタル時計を見ると十時十五分を差している。
(やばい。もうこんな時間だったのか)
「久宝さんすいません。実は十時に友達と会う約束をしてるんです。何か質問がなければ行っていいですか?」
「ああ、大丈夫だ。何かあれば携帯で連絡を取るしな」
「はい、それでは失礼します。久宝さんも事件が解決するまでは気をつけて下さい」
「ありがとう。真君も捜査には十分気をつけるんだぞ」
 竜也からの優しい気遣いを受け、真はうなずいて事務所を後にした。


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