secret justice
第15話

 午前九時、真はいつもの見慣れた茶屋咲駅で降りる。今日は土曜日とあって学生の姿は少なく、列車の中もホームも空いていて気分が良い。
 昨晩見た『sora』のホームページで所在地は確認していたが、本部は思ったよりこじんまりした場所にあり探すのに少し手間取る。雑居ビルの一階が事務所になっており、外観に大きな看板もなく表札程度に『NPO法人『空』茶屋咲前本部』と書かれてあるだけだ。
 看板を確認すると真は気を引き締めて事務所のドアをノックする。「はい」という女性の声のあとに、真と同級生くらいの女の子がドアを開けて出てくる。
「すいません。茶屋高の草加という者ですが、佐々木先輩はいらっしゃいますか?」
「佐々木さんなら中に居ますよ。どうぞ」
「失礼します」
 真は礼儀正しく事務所内に入る。事務所の中は海外ボランティアや人権問題に対する活動や参加を呼びかけるポスターが貼られており、久宝探偵事務所とは違い明るい雰囲気をしている。入り口の受付から事務所の奥に通されると、パソコンに向かっている佐々木が目に入った。
「佐々木さん、学校の友達が来ましたよ」
 女の子は啓介に対してぶっきらぼうな紹介をする。啓介は手を止めてこちらを向く。
「ありがとう。広瀬君」
 啓介から労いを受けた広瀬という女の子は一礼して受付へと去っていく。
「おはよう草加君。うちの広瀬が失礼をしたみたいだね。まだ中学生なんで許してほしい」
「いえ、全然気にしてませんよ」
「そうか、それにしても草加君がここに訪ねてくるなんてビックリしたよ。まぁ、椅子に腰掛けてくれ」
 啓介は側にあるイスを勧める。
「僕もビックリしましたよ。佐々木先輩がボランティア施設のリーダーなんですから」
「それを知っているということはホームページ見てくれたんだね、ありがとう。で、今日はどんな用件でここへ来たのかな? 休日でこんな朝早くから僕を訪ねてくるんだ。まさかボランティア活動に参加するためじゃないだろ?」
 優しい言葉使いとは裏腹に、鋭い目つきで真を見る。単に視力が悪いだけなのだろうがすべてを見抜かれているようで怖い。
「ご明察です。佐々木先輩もよくご存じかと思いますが、最近あった更科勇気さん一家の刺殺放火事件についてお聞きしたいことがあって今日は伺いました」
 事件の名前を聞いた瞬間、啓介の顔が曇る。
「事件、か……、その前に草加君はなぜ事件を調べてるんだい? 草加君のことだから興味本位って訳じゃないだろ?」
「はい、実は今回の事件の捜査で僕の父が関っているんです。父は外交官で今は海外のICPOに出向してて日本では動けないんです。そこで資料や情報収集のみを僕が請け負って動いているんです」
「なんか壮大な話だな。で?」
「まず更科さんの息子さんの勇気さんを調べようということになって、勇気さんがここのメンバーということを知り先輩に会いにきたんです」
「なるほど、そういうことか。なら僕の知っている範囲で草加君に協力するよ。僕も捕まってない犯人は絶対許せないからね」
 啓介はあっさり信じたようですっかり乗り気だ。
「ありがとうこざいます、先輩」
「で、更科さんの何が知りたいんだい?」
「ええっと、まず交友関係が分かれば助かります」
 真はメモ帳を取り出し書き留める準備をする。メモ帳には昨夜調べたここのメンバーの名前が予めすべて書いてある。
「交友関係か。更科さんは皆から慕われてたし、これと言った特別な交友関係はなかったと思うよ。彼は基本的に八雲支部のメンバーだけど、よくここに来てたし他の支部にも顔出してたみたいだから」
「そうですか。じゃあ、何かトラブルに遭ってたとかいう噂は聞いてませんか?」
「これと言ったトラブルも聞いてないな、彼が所属していた八雲のメンバーなら何か知っているかもしれないけど、本部の僕が知っていることはほとんどないかもしれない」
「そうですか、では八雲支部のメンバーを紹介していただくということはできますか?」
「それならすぐできるよ。ちょっと待っててくれるかい?」
 啓介はそういうと事務所の奥にある部屋に入っていく。奥の部屋からは数人の話し声が聞こえており会議か何かをしているらしい。しばらくして啓介が一人の男を引き連れて帰ってくる。
「彼が八雲駅支部のリーダーの棚橋さん。今日ちょっとした会合があって支部のリーダーがみんな集まってるんだ」
「はじめまして棚橋宗司(たなはしそうじ)です」
 宗司は手を差し伸べてくる。身長百八十センチ、体重は軽く百キロは超えているだろう。とてもガッシリした体格の持ち主だ。八雲のメンバー表にも載っていた大学生のリーダーとはこの人だと推察できる。
「こちらこそはじめまして。草加真といいます」
 真は宗司の手を握り返すが、軍手のような手の大きさにビックリする。
「草加君は僕の通っている高校の後輩なんですよ。ちょっと込み入った話なんですが、とても大事な話なんで相談にのってあげて下さい。僕は受付に居ますから」
 そう言うと啓介は二人を置いて受付の広瀬に話しかけに行く。受付と佐々木のデスクとは五メートルくらい離れており、むこうに話が聞こえることはない。
「さて、では質問を聞こうか。何なりと聞いてくれ」
「早速ですいませんが、最近事件で亡くなった更科勇気さんのことについて聞きたいんです」
 事件の名前を聞くと佐々木と同じように宗司の表情も堅くなる。
「勇気のことか……、事件のことなら一昨日も警察に聞かれたよ。しかし、答えられることは『勇気はいい奴だった』ってことくらいさ」
「では、トラブルとかも?」
「親とはうまくいってなかったみたいだが、俺の知る限りで大きなトラブルはなかったな」
(う~ん、勇気さんの知り合い説は的外れっぽいな。全く非の打ち所がない……)
 悩み考えてる真に宗司が話しかける。
「俺よりも勇気をよく知ってるヤツがいるけど、そいつに聞いてみるか?」
「えっ、本当ですか?」
「あぁ、バイトとかで遅くなったときよく泊まりに行ってた同級生だ。そいつも八雲支部のメンバーで永田っていうんだけど、アイツはかなり落ち込んでたからなぁ、話してくれるかは微妙かもしれない。それでもいいなら住所を教えるよ」
「助かります!」
 宗司は真から手渡されたメモ帳に住所と名前を書いて返す。号室を記しているのでマンションかアパートの一室のようだ。
「住所だけだと分かりづらいかもしれないが『レムサン』という大きいマンションが八雲駅から十五分くらいのところにあるからすぐ分かると思う」
「分かりました。じゃあ早速行ってみます。ありがとうございました」
「いやいや、お役に立てたかどうか」
 真は立ち上がって宗司に一礼すると受付の方に行き啓介にも挨拶をする。
「お役に立てたかい?」
「はい、とても助かりました」
「この件は内密しといた方がいいだろうから、棚橋さんにも口外しないように言っておくよ」
「気を遣ってもらってすいません。迷惑ついでにあと、一ついいですか?」
「なんだい?」
「鹿島先輩もここのメンバーですよね? 今日ここに来たことを内緒にして頂きたいんですが、いいですか?」
「ん? 鹿島君にか? まぁ、特に問題もないと思うが、分かった約束しよう。広瀬君も約束してくれるかい?」
 啓介は受付で座って聞いている広瀬にも釘を刺し、素直に頷く。
「ということだ。後で棚橋さんにも伝えておくから安心してくれ」
「無理言ってすいません。では失礼します」
 真は一礼してから事務所を後にする。事務所を出るとすぐに携帯電話を取り出し歩きながら昨晩の番号にリダイヤルする。
 駅に向かう前に昨晩連絡が取れなかった竜也と連絡を取るためだ。しかし、電源が入っていないというコールがされるだけで出る気配は全くない。
「これだけ電話に出ないとなると、かなりの泥酔か、事件に巻き込まれてる可能性が高いかもしれないわね」
「前者であることを祈るしかないな。とにかく、永田さんに会う前に探偵事務所に行って久宝さんの安否を確かめるのが先だ」
 真は逸る気持ちを抑えて茶屋咲駅に向かった。

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