secret justice
第16話

「…………」
 久宝探偵事務所の前で真は立ち尽くしている。昨夜来たときには暗くて分からなかったが、建物はちゃんとあった。しかし、今目の前にある光景は焼け焦げたただの廃屋だ。
 事務所の下にあったお好み焼き屋も被害を受けており、店主らしきおじさんが呆然として焼け跡に立っている。
「真君……、これ、すごく、ヤバくない?」
「すごくじゃない。かなりヤバイ……」
 真は周りに警戒しつつ、元お好み焼き屋の前にある花屋に入り花の仕分けをしている女性に話しかける。
「すいません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「何かしら?」
「この店の前で起こった火事っていつあったんですか?」
「火事? ああ、昨日はホント怖かったのよ~、十一時くらいだったかしら? 二階の探偵事務所から火が出てね~、もうビックリしたわよ」
「で、誰か亡くなったりしたんですか?」
「それがね~、大変なんだけど、あそこの所長さんが亡くなったみたいなのよ~」
 女性の言葉に真の顔は青くなる。
「最近水城駅の近くでも似たような事件あったでしょ? あれと同じで誰かに刺された上で建物に放火されたみたいよ。ホント物騒な世の中になったわ」
(これは、かなりヤバイな。どうする……)
「ありがとうございました」
 真は礼を言うと八雲駅方面に歩き始める。歩いてはいるがこれからどうするのかが全く頭に浮かばない。昨日元気だった竜也が殺害された。それだけで冷静な判断などとてもできない。遥もそれを分かってか何もしゃべろうとしない。
 人混みをしばらくブラブラしながらいつの間にか公園の前に立っていた。広く新緑の溢れる公園ので真は大きく深呼吸をしてゆっくり座れるベンチを探し歩く。土曜日の午前中ということもあり、子供たちがボール遊びや砂場ではしゃいで遊んでいる。
 真は大きな木の陰になっているベンチにたどり着き、疲れたように座りうなだれる。 夏もだんだん本格的になってきて、蝉の鳴き声がちらほら聞こえる。
 しかし、今の真には蝉の鳴き声も誰の言葉も入ってくるような状況ではない。身近な人間が殺害され、自分もその危険な状況の中にいるという現実が一気にストレスとなって真に襲っている。遥もかける言葉が見つからず、背後から見守ることしかできない。
 お互い一言も話さないまま一時間が経つ。広場には小学生くらいの集団がサッカーを始めている。彼らにとって近所であった凶悪事件でさえ対岸の火事くらいの気持ちなのだろう。
 彼らのはしゃぐ声でうなだれていた真が起きあがる。しばらく目の前のサッカーを見ていたが、おもむろにポケットから携帯電話を取り出す。
「天野さん」
「何?」
「いえ、やっぱり、何でもありません……」
 真は携帯電話を耳元に当てたまま沈黙する。しばらくすると遥は真の横に座り口を開く。
「犯人の調査、止めてほしいんだけどいいかな?」
 遥は前を向いたまま話し続ける。真は黙って耳を傾ける。
「今回の事件と真君は全くの無関係で私のワガママで巻き込んだ。ここまで巻き込んでおいてなんだけど、もう誰にも死んでほしくない。久宝さんは事件に絡んでたし、危険な仕事だと割り切って探偵を始めたんだからまだいい。けど、真君はただの高校生で、調査は仕事でもなければ義務でもない。犯人を捕まえないと成仏しないなんて言ったけど、あれは嘘だから、もう、いいよ……」
 ずっと静かに聞いていた真だがゆっくり口を開く。
「天野さんは、これからどうするつもりなんですか?」
「諦めて天国にでも行くわ。天国があるのかどうか分からないし、行けるかどうかも分からないけどね」
 努めて明るく笑ってみせる遥に、真の心はズキリと痛む。
「天野さん、僕は……」
「僕は、よくやってくれました。お姉さんはすごく嬉しかったです! 二日間のつき合いだったけど、それ以上に長く深く感じた二日間だった。今までいろいろ迷惑かけてごめんね。事件のことはもう忘れて真君は真君の人生を歩んでほしい。今まで、本当にありがとう。さようなら……」
 真の言葉を遮り遥は一方的に別れを告げ姿を消す。引き止める言葉を持たない真はただ消えて行く遥を見守るしかできない。目の前でサッカーをする少年たちの姿が真には涙で見えなくなっていた。

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