secret justice
第17話

 遥が姿を消してから二時間、真はベンチに座ったまま動けないでいる。自分の無力さや遥を引き止められなかった弱さ、竜也の死、いろんな感情が真の心をかき乱していた。
 時間はちょうど正午になり、公園で遊ぶ子供たちの姿もいつの間にか消えていた。真はボーっと空を見上げる。よく晴れた雲一つない天気だが真の心は死んだように真っ暗だ。何も考えることができないし、何も考えたくもない。青い空をただ眺めることしかできない。
(僕は一体何をしてきたんだ。結局誰も救うことはできなかった……)
「天野さん」
 真は側にいるときのように遥を呼ぶが返事はない。
「天野さん、天野さん……」
 うつむきながら何度も遥の名前をつぶやくが返事はもうない。それからどのくらいの時間が経ったか分からない。うなだれている真に突然女の子が声をかけてくる。
「もしもし? 大丈夫?」
 声に反応して真はゆっくり顔を上げる。そこには中学生くらい女の子が立っている。真の知らない子だ。
「何?」
 真は興味のない目で女の子に聞き返す。
「え~と、特に用はないんだけど。何か気になって声をかけた」
 女の子は初対面にも拘らず物怖じせず真に話しかけてくる。ポニーテールでジーパンにTシャツという身軽な服装で健康的な感じがする。
「用もないのに知らない人に声をかけない方がいいよ。最近物騒だから」
「そうかもね、昨日もこの辺で事件があったし」
 事件という言葉に真は敏感に反応する。
「用がないなら僕に関わらないでくれ。一人になりたいんだ」
「何か悩み事でもあるの?」
「仮に悩み事があっても初対面の君に話したりすると思うかい? 早く目の前から消えてくれ」
 真はキツい言い方だと思いながらもはっきり言う。女の子は何を考えているのか分からないが黙って真をを見つめ、おもむろに話し始める。
「あたし、そこの大きなマンションに住んでるの。両親は忙しくてほとんど家には帰って来なくてね、兄と二人で住んでるようなもんなのよ」
(何の話だ? この子は一体何が言いたいんだ?)
「でね、兄は兄で趣味や仕事やらでいろいろやってるらしく、帰ってくるのがいつも夜遅くだったり帰ってこなかったり不定期なの」
 女の子は真にとって訳の分からない話を続ける。真は敢えて何も質問せず話を聞く。この手の女の子は、話を遮っても無駄だということを知っている。
「で、あたしは中学生でありながら保護者がいないから毎日夜遊び三昧」
「で?」
「で、昨夜も近所の商店街を一人でブラブラしてたの」
「うん」
「ところで、昨夜この近くの探偵事務所で事件があったの知ってる?」
(話が急に飛ぶのも朱音と同じだな……)
「知ってるよ」
「でね、昨夜商店街をブラブラしてたの」
「それはさっき聞いたよ」
「最後まで聞いて! ブラブラしてて、探偵事務所の前を通ったの。そしたら偶然急いで事務所を出る男の人を見たの」
(何!?)
「どんなヤツだった!」
 真はベンチから立ち上がって女の子に問う。女の子はビックリして後ろに下がる。
「もう、いきなり立ち上がらないでよ! ビックリするじゃん」
「すまない。で、どんなヤツだった?」
「ん」
 女の子は真を指さす。
「えっ? 僕?」
「そ、あなた」
(そういや、確かに昨日急いで探偵事務所を後にしたな……、まさか見てる人がいたなんて思わなかった)
「でね、念のためにさっき警察呼んでおいた。それを伝えにきたの」
 女の子は笑顔で語り、真はがっりと肩を落とす。
(ダメだこりゃ……)
「もし人違いだったらどうするつもりなんだい?」
「どうもしない。謝るだけ」
「ははっ、いい意見だ。仮に犯罪者だったとしたら目の前にいて怖くない?」
「大丈夫。あたし陸上部だから、走ってあなたに負ける気しない」
「拳銃とか持ってたらどうする?」
「弾を避ける!」
 本気なのか冗談なのか女の子はきっぱりと言い切る。あまりに真面目に言い切るので真はつい笑ってしまう。
「君はホントに面白いな。それに免じて通報の件は許すよ。来たら警察に行く。ちょうど警察に行こうと思ってたとこだ」
 真は笑顔で女の子に答える。
「逃げないの?」
「逃げないよ。第一僕は犯罪者じゃないし」
「でも昨日の犯行時間くらいにあたしが見たのは間違いなくあなただった」
「僕の帰った後に犯人が事務所を襲ったんだろうね」
「でもそれって証拠ないよね?」
「ないね」
「なら、やっぱり一番怪しいし捕まったら容疑者として長く拘留されるよ」
(容疑者、拘留……)
「君は一体誰なんだ?」
「あたしは正義の味方」
(この子は天然か?)
「そうか、正義の味方か。ホントにそんな人物がいたら助けてほしいよ」
 真は再びベンチに座り大きなため息をつく。女の子は相変わらず真をじーっと見ている。監視して逃がさないつもりなんだろう。
「僕を監視しなくても大丈夫だよ。逃げたりしないから」
「うん、そんな気はする。けど念のため見とく」
 二メートルくらいの間隔で女の子と真のにらみ合いが続く。もちろん真はにらんでるつもりはないが、相手からしたらそんな心持ちに違いない。沈黙に耐えかねたのけ女の子の方から話しかけてくる。
「あなたの名前はなんていうの?」
「僕は、真だよ。君は?」
「……、晶(アキラ)」
「見た目のように強そうな名前だね」
「よく言われる。小学校では男女って言われてたし。真は、なんで人を殺したの?」
「さっきも言ったけど、僕じゃないよ。僕は犯人を追ってる側だし」
「証拠は?」
「今はない。と、言うより。もうないと言う方が合ってるか」
「無くしたの?」
「うん、無くした。大切な人をね……」
「…………」
 女の子はしばらく黙り込んだのち、真にズカズカと近寄ってきて顔をのぞき込み、大きな目でじーっと真の目を見る。まるで遥のような迫力だ。
「な、何?」
「真、嘘をついてない目をしてる」
「当たり前だよ。ここで君に嘘をつく理由はないだろ?」
 晶は納得したようにウンウンと頷く。そして、断りもなく真の横に座る。そして、深々と頭を下げる。
「容疑者だなんて失礼なこと言ってごめん!」
 突然の謝罪に驚くが真は素直に受け入れる。
「いいよ。実際に事務所から出てきた男なんだから、誰だって疑うさ」
「だよね、謝る必要まではないよね。さっきの無し!」
(この子は朱音の分身じゃなかろうな……)
「ま、それはいいとして、警察を呼んだんだろ? 面倒なことになる前に早く帰った方がいいんじゃないか?」
「あ、それは大丈夫。呼んだって話は嘘だし」
(だんだん頭痛くなってきた)
「分かった、とにかく今は一人になりたいんだ。そっとしておいてくれるかい?」
「ん」
 晶は素直に言うことを聞いてベンチから立ち上がる。そして、何を思っているのか、すぐ隣のベンチに座って真の方を向く。
(一人になりたいという意味がこの子には分かってないのか、仕方ない……)
 真は無言で立ち上がると公園の出口に向かう。しかし予想通り晶もその後を付いてくる。公園の出口で立ち止まり真は晶の方を向くと晶も立ち止まる。
「まだ僕に用事でもあるのか?」
「ある」
「じゃあ、手短に言ってくれ」
「事件を、解決してほしい」
 出会った日の遥と同じセリフを聞き、真は目を見張る。
「じ、事件って、昨日の事件?」
「うん、昨日の事件とちょっと前にあった事件の両方」
「なんで僕に頼む? 警察に頼めばいいだろ?」
「警察は無理だよ。市民の要望で動いてくれるようなとこじゃないし。何よりお役所仕事だから頼りにならない」
「それでもさっき会ったばかりの僕に頼るよりはずっと現実的だろ?」
「ううん、現実的に事件を解決させるには、真のような頭が良くて正義の心を持ってる人が必要だと思う」
「会ったばかりの君に僕の何が分かる? 僕を買いかぶるのは止めてくれ。僕には何もできない……」
 真は晶に背を向けて公園を出ようとする。すると晶は突然走ってきて真の腕を掴む。
「な、何のつもりだ?」
「事件を解決できるのは、もう真しかいない。嫌って言っても事件を解決してもらう!」
「何の権利があって君にそんなことを言われないといけないんだ?」
 真は怒って晶の手を振り切り晶に向かう。晶は一呼吸置いてゆっくりこう言った。
「権利は大有り。あたしは昨日の事件で亡くなった久宝竜也の妹、久宝晶なんだから」

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