secret justice
第21話
黒田の住所から近い月笠駅に着いた真と晶は、印刷した地図を見ながら目的地へと向かう。月笠駅周辺は商店街はなく、田畑が多く見られる。今の季節だと田植えも終わりちょうどカエルの鳴き声が夜うるさくなる頃だ。広い田畑を眺めながら真と晶は並んで歩く。田んぼ一面に広がる苗を見て晶は真に訊ねる。
「ねえ、真。日本の食料自給率ってめっちゃ低いんだよね?」
「ああ、食料のほとんどを輸入に頼ってる。最近テレビでもやってただろ? 今の日本がすべてを自給でまかなおうとした場合、朝昼晩と芋料理になってしまい、肉や卵なんて一週間に一回しか食べられないらしい」
「うわ、最悪……」
「健康上芋料理だけじゃ栄養不足になるし、何より食べる楽しみがなくなってしまう。でも、一番最悪なのはそんな現状に手を打たず、問題を先延ばしすることしかしてこなかった国だろうな」
晶は田んぼを見ながら、うんうんと頷く。
「食糧自給率が異常に低いのにも関わらず、海外からの安い食糧を輸入すればいいとする政策を続けてると、何らかの理由で輸入が止まったときどうにもならなくなってしまう」
「昔鎖国してた国とは思えないよね」
「食生活の変化が一番の原因だろうな。利権や思惑もあって難しいかもしれないが、そんな現状なのに減反政策で米を作らないようにしてるなんて勿体無いよな」
広々とした田んぼを見ながら真は農業の行く末を憂慮する。
「こういう事実に対して目を向けないあたしたちもいけないんだろうけどね。食糧問題はこの辺にして、話は変わるけど。真、今回のこの事件の調査について『sora』リーダー佐々木&棚橋以外の誰かにしゃべったりした?」
晶は頭を切り換えて話しかける。
「それ以外で言うと、ちょっとした事故からメモを落として、それを生徒会の先輩に見られたくらいかな」
「で、その先輩になんて言われた?」
「更科さんの事件について何で報道されてないことまで知っているのか、なぜ調査しているのか、かなりつっこんで聞かれたよ」
「で、どう返したの?」
「天野さんのアドバイスで、親父が外交官なのを良いことにICPOやら談合やらの嘘を織り交ぜて煙に巻いたよ」
「それでその先輩は納得したの?」
「にわかに信じ難いとは言ってたけど、最終的には信じてくれたよ」
「ふむ……。ちなみに佐々木にはどんなふうに言って協力を申し出たの?」
「佐々木先輩にも同じ説明で通したよ」
「それで佐々木の反応は?」
「それなら協力するよ、って即快諾してくれたよ」
「ふむふむ……」
晶は腕組みをして歩きながら何かを考え、その度にポニーテールが左右に振れている。
「ちなみに二人とも生徒会の役員で、副会長と監査役で口も堅いし信頼できる人だよ」
「ふむ、副会長と監査役。佐々木は監査役?」
「えっ? そうだけど、よく分かったな?」
「ただの勘だよ。副会長はなんて名前の人?」
「鹿島って人だよ。人望も篤く、人気もあって、行動力もあり、仲の良い人の間ではジャンヌ・ダルクって呼ばれてる。あ、『sora』の茶屋咲本部のメンバーでもあるよ」
「ジャンヌ・ダルク、フランス百年戦争の英雄、か。で、『sora』のメンバー……」
晶はその場で立ち止まり思考タイムに入る。この集中力は称賛に値する。真は一緒に立ち止まって思考中の晶を見ていたが、全く動かずしびれを切らして声をかける。
「晶、そろそろ黒田のところへ行かないか?」
「ん? あ、うん。行こう行こう」
晶は気を取り直して歩き出す――――
――五分後、真と晶は黒田の住む二階建てのアパートを少し離れた駐車場の陰から遠目に観察している。この辺りは駅周辺と違い住宅街となっており隠れられる場所も多い。
「これからどうする? 黒田の乗ってる車はないから多分家にはいないぞ」
「これはこれで好都合かもしれない。ゆっくり家捜しできるし」
「それ、思いっきり住居侵入だよな?」
「住居侵入なんてバレなきゃいいだけでしょ? 盗みに入るわけじゃないんだし、気にしない気にしない。それに、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うでしょ? このチャンスを生かさない手はない! ホラ、ぼさっとしてないで行くよ!」
晶はさっさとアパートに歩き始め、真も遅れを取らないように後を追おうとする。しかし「カラン」という空き缶が落ちるような音が突然背後に響き、真は驚いて振り向く。
振り向いた目の前には、しわしわのシャツに小汚い格好をした五十歳くらいの禿げたおっさんが立っている。真の足下には後ろのポケットに入れていたはずの熊撃退用スプレーが落ちている。さっきの音はこれを落としてしまった音のようだ。
「お兄ちゃん、さっきからあのアパートをコソコソ覗いてたみたいだが、何をしてるんだい?」
いかにも怪しい感じの男はジリジリと真に近寄ってくる。調査資料で見た写真の黒田の顔とは全く違っており黒田ではない。
しかし、一般市民ではないオーラが感じられる。真はゆっくりとした動きでスプレーを拾い、いつでも噴射できるように右で持ったままでいる。
「答える義務はありません」
「ん、まぁ確かにそうかもな。ところでそれは催涙スプレーか? 変なもんを俺に向けないでくれよ」
おっさんはニコニコしながら話しかけ敵意はないように見える。警戒する真に背後から晶が肘打ちを入れてくる。
「痛っ! なにするんだよ!?」
「何ぼさっとしてんの? 早く行かなきゃ帰って来るじゃん! って、あれ?」
晶は真の背後からおっさんの姿に気づく。おっさんも晶に気づいたようで「ん?」って顔をする。
「あー! おっちゃん!」
晶はおっさんの顔を見るなり大声を出す。どうやら知っている顔らしい。
「おう、やっぱりアッちゃんか。久しぶりやの~」
おっさんも親しげに言葉を交わし晶に近づいてくる。
「この人、晶の知り合い?」
「うん、あたしの伯父さんで通称「おっちゃん」」
「おいおい、通称おっちゃんって、ちゃんと紹介してくれよ」
おっさんは慌てながら晶にツッコミを入れている。
「まぁいいや、俺は晶の伯父で馬場博(ばばひろし)。刑事だ」
(刑事!?)
真はスプレーをポケットにしまい、改めて挨拶をする。
「初めまして、草加真といいます」
「真君か。よろしくな。ところでオマエたちここで何してんだ?」
馬場は訝しげに聞き、真が晶を見るとコクりとうなずく。
「実は、二日前にあった放火殺人事件で気になる人物がいまして、その調査をしてるんです」
「放火殺人、やはりアッちゃんは動き出してたか」
「当たり前でしょ。兄さんを殺した犯人をあたしが許すはずがない」
「ああ、俺も今回の事件は許せない。竜也のためにも早く捕まえないとな」
馬場は真剣な眼差しで晶に語る。
「で、オマエたちが目星を付けてる人物ってのはやはり黒田か?」
「えっ? 馬場さんがなんで知ってるんですか?」
「実は俺も別件で黒田を追ってるとこなんだよ」
「おっちゃんも? なんで?」
「いくらアッちゃんにでも、こればっかは機密情報だから無理だよ」
「じゃあコッチの持ってる有力情報も教えらんないなぁ~」
晶はニヤニヤしながら意味深な発言をする。
「有力情報だと? どんな内容だ?」
「ギブアンドテイクが社会のジョーシキでしょ? おっちゃん」
晶はキラースマイルで馬場に迫る。真は二人のやりとりを黙って見守る。
「ぐっ……、分かったよ。そのかわり他言厳禁だからな?」
「了解」
やり取りからして、この勝負は晶に軍配が上がったようだ。
「ここじゃなんだから車に来い」
馬場は駐車場の奥に停めてあるワゴンに誘う。ワゴンのハッチバックを開けると捜査上の措置か後部座席がすべて外されており、三人が入っても十分くつろげる空間がある。馬場は二人を座らせ捜査の概要を話し始める。
「さすがに捜査資料までは見せられないんだが、黒田はある会社の株取引で結構あくどいことをやってるらしい。ま、それだけで俺らが動く訳はなく、その絡みで起こった誘拐・殺人未遂事件を追ってるんだ」
「そんな事件があったんですか?」
真は突っ込んで聞く。
「被害者の要望で非公開になってるが、この被害者っていうのも怪しくてな。十中八九利権絡みでうまい汁を吸ったヤツだと思う。最近放火殺人で死んだヤツがいるんだが、実はそいつも株取引で一枚噛んでたらしいんだ」
「それって更科さん一家のことでしょ? 実は、あたしたちはその筋で調査してるの」
「なんだ、そうなのか? じゃあ竜也の事件と一家殺害事件は繋がってるのか?」
「今のところ明確な証拠はないよ。それを調べるために今ここにいるの。それより黒田のことについて何か面白い情報持ってないの? あたしたち顔と名前と住所以外なんも知らないし」
「まあまあ、急かすなって。黒田は三十五歳で今は無職で未婚。丸武(まるたけ)建設の元社員で、主に行政とのパイプ役をしていたようだ」
「インサイダー取引……」
真はぽつりともらす。
「その通りだ。行政の悪代官は大型公共事業を建設会社に請け負わせ、その見返りに建設会社の株を大量に取得。公共事業で建設会社は潤い株価は上がる。悪代官の取得した株価も上がる、って寸法だ」
「それって誰か損するの?」
晶は率直な意見をぶつける。
「他の真面目な建設会社や株主、俺やアッちゃんを含む国民すべてが損をするな」
「ふ~ん。つまり、黒田は悪いヤツってことだね!」
晶はあまり興味がないようでぶっちゃけた返事をする。
「ま、そういうこったな。で、オマエたちの有力情報とやらはどんなもんなんだ?」
「あ、うん。話すのもいいけど、ねぇ真。調査資料をおっちゃんに見せてあげて」
「分かった」
リュックからファイルを出して馬場に渡すと、馬場はファイルを受け取りとざっと目を通していく。
「これは竜也が調べたのか。事務所が燃えちまったのによく残ってたな」
「兄さんが死ぬ前に真に預けてたのよ。ネガも揃ってるし大した情報でしょ?」
「ああ、大したもんだ」
馬場はファイルをバンバンと叩く。
「ファイルはおっちゃんに預けるから捜査に役立てて。それともう一つ。更科家の庭で亡くなってた謎の女性は探偵所の天野さんという人なの、それも捜査本部に伝えておいて。DNA鑑定用の毛髪なら天野さんの家にあると思うからそれで検査すれば大丈夫だし」
「分かった、後で伝えておこう」
馬場はファイルを自分のアタッシェケースにしまう。
「で、黒田の調査はどこまで進んでるの?」
「今日はずっと張り込んで様子を見てるんだが特に目立った動きはない。行政か丸武のどちらかに接触してる証拠をつかめれば一番なんだが、やっこさんもバカではないみたいで、なかなか尻尾を出さない。丸武も行方をくらましたままだしな」
それを聞いた晶がニヤリとする。
「おっちゃん。向こうが尻尾を出さないのなら、こっちから尻尾を出させるようにし向ければいい。違う?」
「そりゃあそうだが、何かいい策でもあるのか?」
晶は永田宅訪問のときにも見せた悪巧みの笑みを見せて策の謀りを語りだした。