secret justice
第7話
三十分後、某電気店に着いた真と優は、目的のデジカメを無事購入し休暇コーナーの椅子でジュースを飲みながら休む。業務上の付き合いとは言え、才色兼備とされる優と二人きりで買い物というのは多少なりとも真を緊張させる。校内での人気通り魅力的に思える部分も多く、真も少なからず好意は抱いていた。
「それにしても、最近のデジカメってすごく高性能ですよね。動画撮影機能が標準でついてますし」
購入したばかりのデジカメを思い返し真は話を切り出す。
「携帯と一緒ね。カメラ付き携帯の画素数もデジカメレベルになってきてるでしょ? それに他の機能もどんどん性能が向上してる。使う側の人間がどんどん後退してるのにね」
「言えてますね。最近の家電機器の説明書は辞書みたいに厚いからみんな読む気にならないんでしょう。そして、使い方が分からず宝の持ち腐れ状態になる。メーカーは年齢層に応じたユーザーの気持ちに立って本当に必要なモノが何かを検討すべきだと思う。機能や性能は今の水準でたいていの人は満足しているし、これ以上物がどんどん便利になっても、それがユーザーにとって本当に良いことなのかどうかはユーザーの考えによって変わってきますからね」
「便利になりすぎて頭や体を使わなくなったら人の成長も終わり、ってことか。なかなか難しい問題ね」
遠目から見て二人の高校生がこんな話で盛り上がっているとは想像できない。
「草加君と話をするといつも建設的な話になるわね」
「あ、すいません。つまらない話を延々と……」
「つまらないだなんて言ってないよ。話してて面白いと思うし、勉強にもなる。ただ、もう少し社交的になるというか、少し砕けた感じの草加君も出した方がいいと思う。そうすればきっとモテるわよ」
「ちょっと、からかわないで下さいよ、鹿島先輩」
「そういう照れが武器となる場合もある。なんてね」
優は真をからかって反応を楽しんでいる。
「って、あんまりからかってると聡美のように天罰下るから止めとくか。話変わるけど、草加君って幽霊って信じる?」
「……もしかしたらいるかもしれませんね。見たこと無いので僕にはなんとも」
「ふ~ん。意外ね。草加君の考え方なら、科学的根拠がない! ってばっさり斬り捨てるかと思ってたのに。じゃあ、幽霊をモチーフにした映画とか本とかよく読む?」
(おかしい。何でこんなに突っ込んで幽霊について聞いてくるんだ? 今の天野さんは状態2で僕も含めて誰にも見えないはずなのに。ただの思い過ごしか?)
「ええ、結構ホラー好きかもしれませんね。有名な作品とかなら普通に見てますから。鹿島先輩はホラーが好きなんですか?」
「実はかなり好き。特に日本のホラーがね。日本のホラーって精神的な怖さを追究してるところがあるでしょ? それにひきかえ、海外のホラーは特殊メイクや音声で怖がらそうとする。そんな特殊メイクとかは見慣れたらすぐ飽きるでしょ? だから絵に頼らず演出で魅せる日本のホラーが好きなの」
(ただの趣味の話か、案ずることはなかったな……)
「で、コレは何だと思う?」
そういうと優は胸ポケットから見慣れたメモを取り出し広げて見せる。
「えっ! 何でそれを、あっ……」
「その反応だと、やはりこれは草加君のだったか。ま、誤魔化しても筆跡から追及するつもりだったけどね」
(まずい、メモを落としていたのか。ってことは内容も見られているはずだ。確か書いてる内容は天野さんの霊的な特徴と事件への関与理由や情報・事務所の情報だったな。やばい、犯人の特徴とかも書いてたはずだ。鹿島先輩が事件のことを知っていたら言い訳が難しい)
「悪いと思ったんだけど、大事な資料かと思って内容も読んだわ。これって何?」
「ノーコメントって言うのは無理ですか?」
「無理ね。『幽霊の特徴』の記述はともかく、その下の『更科さん事件について』という記述は見逃せない。これは昨夜実際にあった事件よ。しかも、報道されてない不審者の特徴や行動まで書いてある。これはどう説明をつけるの?」
(どうするべきか。適当なことを言って誤魔化せる相手ではないし、天野さんの断りもなく事件のことや天野さん自身のことを話す訳にもいかない。どうする……)
「真君、考えるフリしてそのまま聞いて」
(天野さん!?)
「昨日言ったでしょ? 状態2なら誰にも姿が見られない上に真君にだけは声が届くって。私が今から言うように言って」
「分かりました。じゃあ、口の堅い鹿島先輩にだけ話します」
優は無言でうなずく。
「大丈夫だとは思いますが、最初に念を押しておきます。絶対他言しないと誓って下さい」
「分かったわ」
「鹿島先輩は僕の父の仕事はご存じですか?」
「いいえ」
「官報か何かで調べてもらってもいいんですが、外交官なんです」
「へえ、どおりで草加君も優秀な訳だ」
「そして、外交官にもいろいろありまして、父は国際刑事警察機構、通称ICPOとの関係が強いんです」
「ふんふん」
優は話に食いついて聞いている。
「鹿島先輩もご存知のように近年日本では外国人犯罪が増えてます。そして、日本で犯罪を犯した犯罪者が海外へ逃亡することもよくあるんです」
「それはニュースでもよく聞くわ。じゃあ、今回の一家刺殺放火事件も?」
「そうです。外国人犯罪の可能性が高いんです。今回の事件で殺害された更科さんは市の役員なんですけど、利権に関わる黒い噂のある人だったんです。建設関係と言えば想像はつきますよね?」
「談合ね」
「そうです。その絡みで更科さんは国税局、いわゆるマルサから目をつけられていた。そんな中で一家が殺害された。しかも身元不明の女性の遺体まで発見。そこで談合の口封じの件が持ち上がった。そして、その疑いのかかっている人物の情報を持っていると思われるのが、ある事務所の所長なんです」
「なんか、壮大な話すぎてちょっと嘘っぽい。第一そんな危険で重要な情報を息子である草加君に教えるかしら?」
「父は父で調査することもあるんです。しかも今回の事件は下手すると市役所の上役も絡んでる可能性がある。公にできない上に協力してもらえる人物も限られてくる。そこで仕方なく僕が動いているんです。動くと言っても資料集めと運搬くらいなんですけど」
「う~ん、にわかに信じ難い……」
「週末あたりその事務所に資料を取りに行く予定なんで、よければ鹿島先輩も来ますか?」
「えっ!? 私が? それはちょっと、興味はあるけど迷惑かけそうだし。遠慮しとくわ」
「そうですか。ジャンヌさんがいれば心強かったんですけど」
「気持ちだけは協力するわ。そっか、草加君は大変な仕事をしてたのね~。あ、ごめん、これ返すわ」
優は申し訳なさそうにメモを手渡す。
「事件解決に向けて頑張ってね。陰ながら応援してる!」
「ありがとうございます」
「ところで……、幽霊の特徴って記述は何?
「それは、今度書こうと思っている小説のネタなんです。ホラーは結構好きなんですよ」
「ふ~ん、じゃ完成したら読ませてね。私、三度の飯よりホラー好きだから」
「分かりました。とりあえず今手がけてる事件を解決させるまでは待ってて下さい」
「了解! 楽しみにしてる。じゃあ休暇もそこそこに出ましょう。まだ消耗品の買い物も残ってるし」
優は元気よくベンチから立ち上がり空き缶をくずかごに入れると、さっさと店の外に出て行く。気持ちの切り替えが早い人間なのだろう。
真は残りのジュースを飲み干すと、ため息をついて鹿島を追いかける。どんな小説を書いたらいいんだろうか、と悩みながら。