secret justice
第8話
「今日は散々だったわね」
遥は自室のベッドでうつ伏せになっている真にねぎらいの言葉をかける。買い出しが終わってからは特に問題もなく、帰宅後も夕飯時に二人のボスから攻撃を受けたくらいで済む。
「ちょっと、真君? 寝てるの? 無視してるとまた耳たぶ引っ張るわよ」
反応のない真に遥はしびれを切らし脅しに入る。
「はい、はい、起きてますよ。昨日からいろいろ有りすぎて疲れてるだけさ。少し休ませてくれよ……」
「今のうちに作戦立てとかないと、困るのは真君なのよ?」
(困らしてる本人が言うセリフじゃないよな……)
「分かった、分かりましたよ。人使いの荒い幽霊だな」
真は携帯を片手にしぶしぶ机に向かう。優に見られたメモを広げ、昼間聞きそびれた霊の特徴を詳しく聞き新たに書き足す。
『霊の特徴
・霊は憑依者に対してのみ直接触れることができる
・憑依者から霊に対して触れることはできない
・生前の自分の持ち物及び親族の持ち物には触れることができる
・憑依者の持ち物にも触れることができる(憑依者が過去に直接一度でも触れたことのあるもの限定)
・霊は憑依者から半径約5メートル以上離れることはできない(上空及び地下も含む)
「これ以外に重要だと思われることはない? 後になって実はこんなことができました、なんて言われたら腹立つし」
慣れない同棲生活に真の機嫌はすこぶる悪い。話を聞くのにいちいち携帯電話を傍に置いておかないといけないのも面倒だったりします。
「ない。と、思う。忘れたことがあれば思い出し次第ちゃんと報告するから安心して」
「じゃあ、僕から質問。幽霊には睡眠とか食欲とか疲れとか、人が普通に感じるものは感じる?」
「答えはノー。他の幽霊がどうか分からないけど、幽霊になるってことは何か未練や目的があるからだと思うのよ。私だったら『犯人の逮捕』みたいにね。だからそれ以外の欲求っていうのは薄いわね。ま、真君の生活を観察するのも楽しいって言えば楽しいんだけど」
(勘弁してくれ……)
「その辺は予想通りだったか。じゃあ続いて、お昼に話していた事務所にある調査資料の件を考えましょう」
真は新しいメモ用紙を取り出し、今度は見出しやタイトルを付けずに、遥の知っていることを聞きながらまとめる。
・容疑者の資料はすべて事務所のAさんのロッカー内にある
・ロッカーの暗証番号はAさんしか知らない
・事務所には所長しかいない
・所長は資料の存在も資料の内容も知っている
・資料は容疑者の写真&ネガ、容疑者の住所・氏名、Aさんの殺害前日までの調査報告書等
・Sさん宅への訪問の際所持してた物。焼き増しした写真、個人情報のコピー、調査報告書コピー
・Sさん宅へ訪問したときは既にSさん一家は殺害されていた
「で、これらを更科さんに見せる前に殺害されてしまったから、更科さんとどんな関係があるのかも分からないってことか。しかし当面の重要参考人ではあるね。天野さんは本当にこの人の名前とか住所とか覚えてないの?」
真の問い掛けに遥は肩をすくめてみせる。
「自分で調べておいて忘れるなよ……」
「仕方ないでしょ、更科さん以外にも仕事をたくさん抱えてたのよ! いちいち名前なんて覚えてられますかって!」
「また逆ギレしてるし。話を進めるにはやはり資料が必要だな。今日天野さんが電気店で言ったように週末……ってもう明日くらいから動いた方がいいかもしれない。こういう事件は早い方が解決しやすいからね」
「うん、ありがとう」
「今日電気店でピンチのとき、天野さんのごり押し説明で助かったからね。でも、よくICPOとか談合とか無茶なこじつけを思いつきましたね。理論も一応まともだったし、とても中卒とは思えなかったよ」
「中卒中卒って言うけど、中央大卒だからね? しかも国際政治学科卒だからそれ系には強いのよ。騙されたでしょ?」
ニヤリとする遥に肩を落とす。
「そんなくだらない騙しはいりませんって。最初からそう言えばいいのに」
「私は人を騙すのが好きなのよ。だから探偵向きなのかもね」
「天野さん、笑えない」
「それにね、ああ……、後は資料を実際に見てのお楽しみにしましょ」
「お楽しみって、僕は楽しんでこの事件の解決をしてるんじゃないんですよ? 重要なことならちゃんと教えて下さい」
「これは言うより資料を見た方が早いし、見たら事実として伝わると思うからやめとくわ。容疑者の名前と同じようなことね」
(怪しい。この意味ありげな言い回しだと、きっとまた驚かそうとしてるな)
「じゃあ、それは措いといて、具体的に資料をどうやって取得するかを考えましょう」
「そうね。大きく分けて、1、所長に協力してもらった上で資料を取得する 。2、所長にバレることなくくすねる。3、所長を気絶させて……」
「じゃあ、1と2を検討しよう」
「ちょっと! 最後まで言わせなさいよ!」
「芸人じゃないんだか三つ目にいちいちボケないで下さい」
「つまらない男ねぇ~、鹿島さんじゃないけどモテないわよ」
「モテなくて結構ですよ。女性の怖さや本性はよく分かってますからね」
「うわ、かわいくない……。まだ高校生のうちに男女を悟ったような発言しちゃって」
「男女の話はもういいですから、さっきの話をしましょう」
「この件に関しては今度ゆっくり話しましょ」
「ハイハイ、じゃあ本題に戻しますけど、1のケースだとまともに所長と話すことになる。つまりなぜ僕がこの事件を知り、解決しようとしてるのかを話さなければならない。これをクリアするには………」
真は耳たぶをさすりながら考えている。
「ところで、所長ってどんな人?」
「所長? そうね、一言で言うと……」
「言うと?」
「平井堅と志村けんを足して2で割ったような感じかな」
言われた通り一瞬想像してみようと試みるも、それが不可能だと悟り切り返す。
「ゴメン天野さん。全然想像できないし、むしろそんな人物がいたら僕がこの世から抹殺するよ」
「むぅ~、ホントなのに」
「僕が聞いているのは所長の人格や特徴であって、外見じゃないんです。他にないんですか?」
「だから、背が高くで顔が平井堅みたいなんだけどハゲてて、内面や考え方が志村けんなんだって」
(それを言いたいのなら足して2で割るんじゃなくて、外見はハゲた平井堅で内面が志村けんと言えばいいだろうに、中央大学国際政治学科卒天野遙め……』
「分かりましたよ。で、内面が志村けんなら今日みたいに適当な理論で丸め込むことができるんじゃないんですか?」
「あら、失礼ねえ。真君のその言い方では志村けんがアホみたいじゃない! 志村けんはアホじゃないわよ! 志村けんはバカ殿なのよ!」
「……あのぅ。僕はなんてコメントすれば宜しいんでしょうか?」
「ん? 真君バカ殿知らない?」
真顔で迫る遥かに真は呆然とする。
「いや、それはもういいんで。はい。で、今日みたいに丸め込めそうな人ですか?」
「ええ、多分丸め込めるわね。所長はアホだから、よくネズミ講とかに引っかかってたらしいし。昔雇ってたバイトの娘に報酬の五千万円持ち逃げされたこともあったみたいよ」
(やはりアホなんだな)
「じゃあ、案2は蹴って、1の方向でうまく所長を丸め込んで資料を取得しましょう」
「了解」
「今思ったんだけど。所長って天野さんが更科さん宅へ行ったのを知ってるんですよね? なんで警察に届けてないんですか? それに天野さんにだって家族がいますよね? 誰かが捜索願いを出したり、事務所に連絡が入ってもおかしくないと思うんですが?」
「ふむ。実は私もそこを不思議に思ってるの。私は一人者だから誰も探さないのは分かるとして、所長は何かしらの動きを見せてもいいはず。でも、ニュースでは未だに『謎の美少女A』となってるし……」
「だとすると考えられる理由は、所長が届けてはいるが警察が情報操作を敷いているか、なんらかの理由で所長が届けていない又は届けられないか、かな」
「ねぇ真君、もしかしたら、だけど。更科さん宅で資料が燃やされる前に内容を見られ探偵ってことがバレて、そこから所長にまで手が伸びるってこと、有り得るかな?」
事件が拡大している可能性を察し、遥は少し怯えた表情をする。
「資料に探偵事務所の名前とか書いてあったとしたら、可能性は高い。ヤバイね、早く動いた方がいいかもしれない。下手したらもう手遅れかもしれないし」
遥は事の重大さが分かったようでそわそわしだす。今までずっと明るく元気な遥しか見てきてなかったこともあり、真も緊張感が高まる。携帯電話の液晶を見ると九時五分前を表示している。
「天野さん。探偵事務所の名前と場所は?」
「名前は久宝(くほう)探偵事務所で、場所は真君が通学中いつも降りる駅の三つ先の駅、八雲駅の駅前よ」
「事務所は十時まで開いてる?」
「ギリギリ開いてると思う。閉店は九時だけど雑用とかでいつも十時までは居るから。もしかして、今から行くの?」
「人の命がかかってるんだ。また不審者呼ばわりされても行くよ」
「真君……」
「話は後、とにかく事務所に急ごう!」
真は探偵事務所の名前と八雲駅前、更科事件という文字を紙に書きその部分を破いて机の引き出しに入れて鍵をかける。そして、小物入れをゴソゴソした後、衣類ケースから薄手のジャケットを取り出し制服の上から着て部屋のドアを開ける。
しかし部屋を出た瞬間タイミング悪く朱音にぶつかりそうになる。クマのぷ~さんタオルを首に巻いていておりどうやら風呂上がりのようだ。
「わっ! ビックリしたぁ。いきなし開けないでよ……って、その格好。ははぁ~ん、女でしょ?」
「悪い朱音、冗談につき合ってる状況じゃないんだ。行ってくる」
「あっ、ちょっとお兄ちゃん!」
真は朱音の返事に耳も傾けず走って家を出る。その後ろ姿を朱音は嫌な予感を覚えながら見送った。