ここからはじまる恋
どうやら、私が最後だったようで、待合室には誰もいなかった。

朝早くに来たのに、いちばん最後って。新規の患者は後回しなのかな? 小首を傾げながら、ソファに座った。

「鶴岡さん、お待たせいたしました」

受付の男性に名前を呼ばれると、そんなことはどうでもよくなって、頰が緩んだ。

「歯の状態に問題はありませんので、また気になるようでしたら、いつでもお越しください」

優しい微笑みに、また通いたくなる。歯科医は無愛想でも、この男性のおかげで患者が集まっているような気がする。

普通は、歯科医が説明するようなことを、すべて受付の男性にやらせるなんて。そう思いながら、会計を済ませた。

「それと、これ……。もし、よろしければ……」

受付の男性が真顔でそっと、小さな封筒を差し出した。わけもわからず、会釈をして受け取った。

「お大事になさってください」

受付の男性の、素敵な笑顔に見送られて、スパイ任務が終了した。

スパイになって、よかった。

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