ここからはじまる恋
「……先生は?」

お父さんが冷めた口調で言った。ごめんなさい。役に立たないスパイで。申し訳なく思いながらも、頬は緩んだまま。

「先生は、無口で無愛想だから。あそこが人気の理由は、ソファの座り心地と、受付の男性だよ、きっと!」

一応、任務は完了した。

「いただきまーす」

ホッとするとお腹が減る。おいしい誘惑に勝てず、さっそくできたてを口にした。

「それで……先生から、なにか言われなかったのか?」

「なにかって? なにを?」

受付の男性から、なにやら封筒はいただいたけれど……。昼ごはんを食べたら、中身を確認するつもりだけれど、そこまで話さなくてもいいよね?

「ああ、たとえば……また来てくれ……だとか」

「別に。受付の男性からは、歯の状態に問題はありませんって言われたし」

私の答えに、またふたりが顔を見合わせた。私がスパイとして役に立たずに、呆れているのかな? でも、これ以上、なんの情報がほしいの?

「そうか……それなら、仕方がない」

『仕方がない』って、どういう意味だろう?

「また、いつでもスパイしてあげるよ」

あの、受付の男性の、笑顔を見られるのなら……。

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