ここからはじまる恋
「ご心配なく。あなたをここに運んだだけで、なにもしていません」

私の表情で、新庄先生は心の中を見透かしたようだ。恥ずかしい……。今すぐこの場を去りたいけれど、頭が重いよ。

「昨日は、飲ませ過ぎたようですね。弟に代わって私が謝ります。申し訳ない」

新庄先生に頭を下げられ、言葉も出ない。

「弟って……」

そうつぶやくのが精いっぱい。明らかに二日酔いのせいで、まともに話せない。

「バーテンダーの新庄空は、私の弟です」

「うそ……」

信じられない。たしかに、ふたりともイケメンなのは間違いないけれど。無愛想な新庄先生と、優しい空さんは、兄弟とは思えないくらい、真逆の性格をしている。

「酔っ払ってふらふらしているあなたを、放ってはおけなくてね。弟になにを飲まされたのか、知りませんが」

今も、昨日の状況を、不機嫌極まりない表情で話してくれている。

「マリブオレンジと、マイタイと、ブラック・ルシアン……」

「マリブはともかく……後のカクテルは、甘くて飲みやすいけれど、強い酒だ」

ふんっと鼻で笑われた。子どものくせにBarになんか行くから……と、バカにされたようで、恥ずかしくてたまらない。

「ごめんなさい。帰ります」

泣きたい気分になりながら、ぺこりと頭を下げると、やっとベッドから出ることができた。

「送っていきます」

「いいえ。結構です。タクシーで帰りますから」

「あなた本当に、昨日の記憶がないんですね」

また、鼻で笑われた。


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