ここからはじまる恋
「帰ります」

なんだか、よくわからない。空さんも、新庄先生も。コップをベッドサイドに置くと、勢いよくベッドを飛び出そうとして、つまずいた。

その瞬間、新庄先生の大きな身体に包まれた。

「困ったお嬢さんだ」

すぐに身体を引き離されたけれど、鼓動が早くなったのは、ベッドから転び落ちそうだったからであって。

新庄先生に抱きしめられたからではない。

「ありがとうございました。失礼します」

恥ずかしくて、今すぐ逃げ出したい。

「ひとりでは、帰れないですよ?」

まだ少しクラクラする頭で、思い出してみた。そうだ。この間と同じシチュエーションならば、エレベーターに乗るのは、専用の鍵が必要で、さらにエレベーターを乗り継ぐんだ……。

「……そうでしたね」

仕方がなく、新庄先生の後に続いた。不思議なエレベーターに乗り込む。

息苦しいくらいの沈黙の中で、聞きたいことは山ほどあった。空さんと私になにがあったのか。どうしていつも新庄先生が助けてくれるのか。空さんに近づいてはいけない理由は……。

どれもこれも聞けないまま、エレベーターを乗り継ぐと、一階に戻ってきた。

「ありがとうございました」

深く頭を下げると、名前を呼ばれ、顔をあげた。

「空のことが、好きなんですか?」

そんなこと、聞かれるなんて。どう返事をするべきか、戸惑いながら視線をそらすと、小さくうなずいた。

「……そうですか」

小さく聞こえた、新庄先生の声。視線を移したときには、もう後ろ姿だったけれど。

本当のこと、言わなかった方がよかったのかもしれない。




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