ここからはじまる恋

グラスを合わせてみつめ合うと、たまらなく恥ずかしい。なにか、話題がないかと探してみる。

「バーテンダーのお仕事は、長いんですか?」

特別、興味があるわけではない。思いつきで質問した。

「二十歳から、趣味が高じて始めました。当時大学生でしたが、特に進路を考えていなくて。卒業と同時にそのまま、今の店に」

「そうでしたか……」

「よければまた、飲みに来てください。今度は、アルコール度数に気をつけますから」

苦笑いも、絵になる人。もっともっと、空さんを知りたい。

おいしい料理に舌鼓をうちながら、緊張がほぐれていくと、会話が弾んだ。「同い年なんだから」と、タメ口で話すようになった。

「今日は、ありがとう。こんなにおいしい料理、初めてかもしれない」

「本当に? 僕は、何度かこの店に来たことがあるけれど」

私と同い年で、こんな高級レストランで食事ができるだなんて。バーテンダーの仕事は、儲かるのだろうか。空さんにとっては、もはや歯科医院の受付が副業かな? そんなことを思いながら、食後のコーヒーを楽しんでいた。

「今日がいちばん、おいしかった」

真顔でみつめられると、本当に戸惑う。言葉の意味が、すぐに理解できない。

「紗良と一緒だから、ね」

「空さん……」

私がつぶやくように名前を呼ぶと、テーブルに置いた手を握られた。

「お互い『さん』付けは、やめよう? もっと距離を縮めたいな」

「ほ、本当に?」

戸惑う私を見て、小さなため息をつく。

「冗談で、こんな高級レストランに来ないよ。オレの本気に、そろそろ気づいて?」

やっぱり、戸惑いは隠せない。けれど、小さくうなずいていた。

「じゃあ、この後……紗良の時間を、オレにくれないか?」

空だったら、いいよね? 私を大切にしてくれるはず……。笑顔でうなずくと、テーブルの上の手を、もう一度、今度はギュッと握られた。



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