ここからはじまる恋
「ごちそうさまでした」

ノンアルコールで酔ってもいないのに、身体が熱い。それは空に、私の時間を預けてしまったから。

「さぁ、行こうか?」

エレベーターに乗ると、一階の行き先階ボタンを押した。どこに連れて行ってくれるのか。きっと素敵な場所に違いない。

エレベーター内は、ふたりっきり。空は、そっと手を握ったけれど、特になにか言うわけでも、するわけでもなかった。

よかった。やっぱり空は、おかしな真似をするような人ではない。手の早い人なら、女性とふたりっきりになると、変な気を起こしそうなものだけれど。

一階に到着すると、私の手を握ったまま、エレベーターホールから出口には向かわずに、また別のエレベーターホールに向かった。そこは、地下駐車場専用のエレベーターホール。

ああ、車でドライブにでも行くのかな? 空もノンアルコールだったし。

地下駐車場専用のエレベーターに乗り込むと、地下五階の行き先階ボタンを押した。

地下五階には管理室があった。

「こんばんは。鍵をください」

管理室にいるおじさんに、空が声をかけた。車の鍵を預けているのかな?

『田中』と書いた名札をつけたおじさんが「こんばんは」と挨拶を返すと、優しい笑顔を添えて鍵を手渡した。

でも、車の鍵にしては小さい気がした。

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