ここからはじまる恋
五十二階に到着した。フロアは静まり返っていて、人のいる気配がなかった。新庄先生のときとは違う、別の部屋の扉を開けて中に入る。ギュッと手を握られたまま、逃げ出すことができない。

「そんなに怯えないで?」

私の様子を察して、空が優しく声をかけた。

「ほら、見てよ! 綺麗な夜景。紗良に見せたかったんだ!」

大きな窓の外には、都会の夜景が広がる。恐る恐る、窓に近づく。

「もっと近くに……ねぇ……?」

腰にまわされた、手。ふりほどくことは、できない。このまま、空に身を任せてもいいの? 自分自身に聞いてみるけれど、この夜に飲み込まれて、答えが出せない。

「紗良を、オレのものにしたい」

耳元で甘くささやかれると、うなずきそうになる。

「でも……」

戸惑う私を強引に、自分の方に向けた、空。

「焦らすなよ」

イエスもノーもなく唇が重なる。唇を割って、舌が絡まると、空の本性を見た気がした。

やめて! 心で叫びながら、空の身体をなんとか自分から離した。

「空、どういうつもりで、こんなこと」

哀しい視線を空に向けると、鼻で笑われた。それは、新庄先生に見せた意地悪な笑みに似ていた。

「どういうつもりか……って? オレのこと、好きなくせに」

「こんな空は、好きじゃない!」

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