ここからはじまる恋
あれから空に会うことはなくなった。そのかわり週に何度か、新庄先生と食事に出かけるようになった。

待ち合わせはいつもの‘‘B.C. square TOKYO’’で。もちろん、Barには行かない。

「お見合いなんて嫌だと言っていた紗良が……ねぇ」

お父さんの嫌味をサラリと聞き流す。新庄先生とは、つかず離れずの距離を保ちながらも関係は良好。

「行ってきます」

鼻歌交じりに家を出ると、‘‘B.C. square TOKYO’’に向かった。季節は巡り、初めて出会ってから、一年が過ぎようとしていた。

「紗良!」

人混みの中、私を呼ぶ懐かしい声に足を止めて振り返った。声の主は、シンガポールに転勤したはずの、元カレだった。

「久しぶり……」

なんだか、気まずい。もう別れたんだから、声をかけてくれなくてもいいのに。そう思っている私を、グッと引き寄せ、抱きしめた。

「えっ! あ、あのっ……」

「会いたかった」

人通りが多い、オフィス街で……彼は海外に行って変わってしまったの? 驚きのあまり、突き離した。

「紗良?」

どうして、そんな不思議顔? まるで、まだ付き合っているかのような……。

「こ、困ります。私……」

「彼氏でも、できた?」

彼氏……。新庄先生は、彼氏と呼べない。いまだに名前で呼んだこともないし、お互い敬語で話をしていた。

「彼氏ですが?」

戸惑う私の頭上から、聞き慣れた渋い声が降ってきた。

「紗良、彼氏ができたんだ? お幸せに」

新庄先生の迫力に、元カレがすんなりと去っていった。



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