ここからはじまる恋
「お隣、よろしいですか?」

聞き覚えのある声が、頭上から降ってきた。お父さんとのデートを楽しんでいるところに、由良が割り込む。

「由良、バイトさぼって大丈夫?」

「さぼっていないよ。たまたま休憩時間に入ったところ。それより父さん、知っている?」

私はさておき、由良がお父さんになにやらチラシを見せながら、話しかけた。お父さんが黙ってチラシを受け取る。

「最近、オープンしたみたいよ」

ホットドックを口にしながら、由良がつぶやく。私も、チラシを覗き込んだ。

『天空デンタルクリニック
B.C. square TOKYO 4F
クリニックフロアにオープン』

ヘェ〜。このビルの四階に、新しい歯科医院ができたのか。そういえば最近、患者さんが減ったような気が、しなくもない。

「しかも、見て! このイケメン歯科医! 確実に女性客は、ここの歯科医院に流れているよ!」

「由良! なんてこと言うの! そんなこと……」

イケメンだかなんだかしらないけれど、お父さんは腕のいい歯科医なんだから。由良を叱りつけつつ、もう一度、チラシに目をやった。

そこには、歯科医、新庄天の写真……。たしかに、イケメンだわ。

「新庄先生、ねぇ」

お父さんがつぶやくように言って、窓の外に視線を送った。

「お父さん、この人のこと、知っているの?」

「彼のことは、知らない」

お父さんはそうつぶやくと、チラシをぐちゃぐちゃに丸めた。

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