メジャースプーンをあげよう

 支払いまで先に済ませてしまった上坂くんを店を出てエレベーター前で捕まえる。
 さっきまで居たのは駅ビルに入っていて、評判通り美味しい珈琲を出す店だった。手作りのスイーツだってすごく美味しくて……あんまり味わえなかったけど。

「ちょ、っと……待ってってば……」

 レストラン街も22時の閉店間際とあって閑散としている。
 上坂くんのすそを引っ張ってつかまえたところで、誰かに見られていることもない。
 ほっとするけど、逆に人がいないことでの緊張もしてきた。今までなら上坂くんといて緊張なんてしたことなかったけど、さっきの今だと、やっぱり少しは。
 右手で上坂くんのすそを持ち、左手は膝にあてて俯いて息を切らす自分に情けなさを覚えつつ顔を上げた。
 エレベーターを見つめて私に横顔を向けている上坂くんは、こっちを見ない。

(……怒ったかな。当然だけど)
(気に入ってくれてたのは知ってる。からかいの対象だとしても)
(でも今の上坂くんは――――)

「来たね。エレベーター」

 上坂くんの声のあと、ポーンという軽い電子音と共に両側へ扉が開いた。
 促されて入ろうとした時右手がまだ上坂くんのすそを持ったままだったことに気付き、手をひっこめる。
 その手を大きな手に包み込まれて驚いたと同時に、力強く引っぱられた。

「………っ!?」

 背中に壁。
 誰かの肩越しに見えるのはエレベーターのドア。

(肩……越し?)

 自分の状況がわかったのは少しあと。
 
「っ、ちょっ……」
「えー? だっていつきちゃん寒いでしょ? 上着おれが持ちっぱだったしー。おわびに暖めてあげるよ」

 上坂くんに抱きしめられていた。
 思ったより大きな手とがっしりした身体が妙に生々しくて、咄嗟に声が出てこない。


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