メジャースプーンをあげよう
「あれー? 耳まで真っ赤だ。暑いのかなー」
ほんの少し身体を離してくれたけど、ほんの少しだから距離が近い。
(っていうか、顔が! 近い!)
口をパクパクするしかできなくなった情けない私の顔をのぞきこんで、上坂くんが笑う。
「いつきちゃん、ティラミスぜんぶ食べてこれたんだ?」
「………えっ」
「唇の横。ついてるよ」
言うと同時に右頬が手に包まれる。
そのまま親指が唇のそばにおりてきて、すっと撫でられた感触があった。
固まって動けない私から目線を逸らさないまま、その指を上坂くんは舐めとる。
「…………!」
「あはは! チョー真っ赤! かっわいー」
「だっ、な、上坂く」
「あー着いちゃった。残念」
ポーンとまた音がして、上坂くんの後ろにあるドアが開いた。
途端冷たい風が吹きこんでくる。
今度こそ離れてくれた上坂くんは、「行こ」と外へ促した。通行人やエレベーターに乗りたい人の邪魔にならないよう、通路の端に寄る。
「ごめんねー寒いねー」
駅の構内へ続く通路に繋がっているこの場所は風がひどい。
時間も時間だし、身をすくませた私に上坂くんはコートを渡してきた。
さっきの衝撃でぎこちない動きしかできない手を必死で動かして、コートを着る。
「なにー? 直接舐めとってほしかった?」
「バッ……」
「冗談だよ。……意地悪くらいさせてよ。先に意地悪言ったのはそっちでしょ」
上坂くんは息を吐きながら笑った。
傷ついているようにも、落ち込んでいるようにも見えた。