メジャースプーンをあげよう
(どうしてもしたいってわけじゃないけど)
(金曜の夜に飲みに行くってなれば、少しは期待も)
(っていうかキスくらいは……)
「いつきさん」
「え! あ、はい!」
「………最近心ここにあらずですね」
睦月さんはため息を吐く。
「ごめんなさい、ちょっとあの……寝不足っていうか」
まさかどうして手を出してこないんですかなんて言えるはずもなく、両手をぶんぶん振りながら謝ることしか出来ない。
ただでさえお店で上坂くんと顔を合わせると妙に意識しちゃう日々が続いていて、どこか落ち着かないっていうのに。
「寝不足……?」
テーブルにポットを置いた睦月さんが私に手を伸ばす。
頬に触れて、撫でてくれた。
触れ方があんまりやさしいものだから、睦月さんは純粋に心配してくれているんだと思いこもうとしてもどんどん違う方向に思考が止まらない。
「血色はいい……というか、赤いですね」
「……ち、近いからだと思います」
「いけませんか? ただいつきさんを心配しているだけですよ」
「いけ、なくはないですけど」
垂れがちの瞳が近付いてくる。
妄想の中じゃないホンモノの睦月さんの顔が近付いてくる。
(え? これって)
睦月さんは私を見ている。
目はうすく開いたまま、その唇を私の顔――じゃない、唇に寄せて―――――
――――ピピピピピ
唇が触れそうになったところで、睦月さんのシャツポケットに入っている社内用携帯が鳴り響いた。