メジャースプーンをあげよう
「……っあ!?」
そして驚きの声をあげたのは、なぜか睦月さん。
私の頬に添えらえた手をあわてて離すと携帯に出ないまま切り、全然崩れていないネクタイをもう1度締め直す。
「えーっと……睦月さ」
「大変失礼いたしました。少し……どうかしていたようで」
「は? え?」
「今日のポット回収は私の部下が担当します。これから外回りでして」
「そうなんですか。お疲れさまです」
「ええ。…………」
「………」
(………気まずい)
――――ピピピピピピピピ
「っと。こちらもせっかちですね」
1度切ったにも関わらず再び鳴りだした携帯を手に、睦月さんは綺麗に腰を折った。
「……それでは今夜、エントランスホールにてお待ちしています」
「は、はい、楽しみにしています」
睦月さんはテーブルに置いたポットを手に取ると、会議室を出て行った。
残されたのは頭が追いついていない私だけ。
(……お店戻らなくちゃ)
言い聞かせながらも、私の左手はさっき睦月さんが触れた左頬に向かう。
(ここに、さわって)
(顔がめちゃくちゃ近付いてきて)
(………で)
(「どうかしていたようで」?)
「どういう意味だそれ」
ドキドキと邪魔されたガッカリと、その後の睦月さんの言葉でよくわからない感情がかけ回りながらも、フラフラと会議室を後にした。