メジャースプーンをあげよう

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 同じビルで働いているから仕方ないけど、落ち合うのはいつもエントランスホール。
 休日が合わないのがひとつの理由だ。
 私は平日。睦月さんは日曜と隔週土曜。足りない分は時々平日に休みを取るらしいけど、決算が近いからとてもそんな状況になれない。
 以前同じ業種だったから、睦月さんの忙しさは理解できるつもり。
 今日みたいに少し遅れたとしても、なんとも思わない。

「……怒っているわけではないんですよね?」

 隣に立つ睦月さんが私の顔を覗きこんだ。

「怒ってるわけないです!」
「よかった。では行きましょう」

 促されてようやく足を動かす。

(怒ってるんじゃなくて……)

 思えば、初めて食事をしたのはフロア53の高級イタリアンだった。
 睦月さん自身は意識してないかもしれないけど、カトラリー類の扱い方がとても綺麗で見惚れた。
 あとから都一族の人だって聞いてどこか納得したのは、そういうところ。

「すみません。まだこの近辺に詳しくなくて。ここなら信頼できるんです」
「いえ、あの、びっくりしただけです……」

 通されたのはフロア54『Bar Angelo.』。
 結衣子さんや、ときどき聞こえてくる女性のお客様たちが口にしているのをきいたことがあった。

(お家柄的に……さすが、なのかな)

 都家の方だったんですねという話はまだ、睦月さんにしていない。
 そもそも最初に名乗ってるから知ってると思われているかもしれないし、今さら何をとか、だから?という反応が返ってきたら怖いというのもある。
 だって、最初から苗字で呼ばれたがらなかったから。


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