メジャースプーンをあげよう

 ドラマとか映画で「宝石みたい」なんて台詞を聞いたことがあった。
 クッサ! とか思ってたけど、実際目にして思ったのは「宝石みたい」。

「はい、いつきさん」

 立ちすくんだ状態で動けなくなった私の腰の腰に触れた。
 ドキッとしたのは一瞬。
 睦月さんは、私をスツールに座らせてくれただけだった。

「気付きました? 足元」
「え?」

 言われるがままに下を見ると、足元―――正しくは爪先より向こう側。
 カウンターの位置まで窓になっていて、また壁になり、そして足先が向かう下の方がまた窓になっていた。
 一軒家で時々見たことがある。
 下部分が横長の長方形窓にくりぬかれた壁。あんな感じだ。

「……すごい…」
「すごいですね。俺も初めてですよこの席」
「そうなんですか?」
「ええ。上司や……身内に連れてこられた時はあちらですから」

 言いながらバーテンダーのいたカウンターを示す。
 そのまま睦月さんはシャツのボタンを1つ外し、ネクタイを緩めはじめた。
 オフモードになるときのルーティンみたいなこと。
 まだちょっと、見慣れない。

(普段キッチリしすぎてるだけに、もう全部がやらしく見える)
(煩悩にまみれた自分を殴りたい……)

「いつきさん、何飲みます? わりと何でも作ってくれますよ」
「えーと……モスコミュールで」
「結構ですね。では俺はジントニックにしますか。定番ですけど」

 睦月さんは背後へ視線を投げた。
 どこにいたのか、さっきの男性店員が現れて2杯分頼んでいる。
 店の雰囲気を壊さないように顰めた声は、ところどころ途切れて聞こえてきた。

「――――は彼女に。ええ。私は――――」

(……やっぱ気のせいじゃない)

 付き合うとなってから、睦月さんは私の前だと「俺」になる。
 それがすごく嬉しくて、すごく、気恥ずかしい。


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