メジャースプーンをあげよう
店員は礼をしてカウンターへ戻っていった。
ふ、と息を吐いた睦月さんの横顔がすごく綺麗でまともに見れない。
「……慣れてるんですね」
「え?」
「ほら、注文の仕方とか……店員さんの呼び方っていうか」
「ああ……先程も言いましたけど、上司に連れてこられたりしますから」
(…ウチの上司はたぶんいや絶対こんなとこ連れてきてくれない)
「あっ」
睦月さんは急に何か思いついたような声をあげる。
そしてそんな自分を恥じたのか口元を1度手で抑えて、すっと近付いてきた。
「誤解されたくないので言いますけど。女性を連れてきたのは初めてですから」
耳元に落とされた声があまりにも近い。
近いし、そうなんですかと答えるのもなんかおかしいし、近すぎてそっち振り向けないしで首を縦に振るのが精いっぱいだ。
近付いたのと同じくらい簡単に離れた睦月さんは、ハァとため息を吐く。
目元を手で覆って、でも口元はちょっと笑っていた。
「睦月さん?」
「……すみません。情けないですけど、安心したんです」
「え?」
「今晩の誘いを受けてもらえたこと」
「……え? 当たり前じゃないですか」
きょとんと返した私に、睦月さんは目元を覆っていた手を外す。
思ったより切実そうなその瞳から、目を離せなくなった。
「睦月さ」
「情けないついでに白状すると……俺が彼に牽制のような真似をしてしまったからよそよそしくなったのかもと」
「……え?」
「いつきさん、最近心ここにあらずという感じでしたから」
「あっ、それは」
(上坂くんに妙なこと言われたりしたから)
「それは?」
私の言葉をくり返す睦月さんに、まさか正直に言えるわけがない。
牽制した相手と恋人が流れとはいえふたりで食事をして、その時妙な告白のされ方をした、なんて。