メジャースプーンをあげよう
マフラーもショールもいらない、風の穏やかな午後13時。
少し遅いランチをご一緒しませんかと誘ってくれたのは、睦月さんだった。
「本当によかったんですか? 俺は嬉しいけど…」
睦月さんはコーヒーをひと口飲んでから首をかしげる。
首から提げたネームタグはきちんとスーツの胸元にしまわれていて、1人称も「俺」になっている。
仕事が終わってからならともかく、合間のオフモードは滅多に見られないから大好きで、それ目当ての提案だったと言ってもいい。
(ポットサービスの時は「俺」と「私」半々だからなぁ)
(そういう真面目なとこも好きなんだけどさ)
「もちろんですよ! うちのカフェのホットサンド、絶品なんで」
「そうですか。ならいいんです。俺もそちらのコーヒーは大好きなので」
顔を見合わせて笑った。
ビルの南にある噴水公園のベンチで、ふたり並んで座っている。
ランチはカフェのテイクアウトと、それだけじゃ足りない睦月さんはコンビニで追加したお弁当。
毎日仕事に必死になりすぎていた前職時代の恋人とは、こんな風に過ごしたことがなかった。
仕事だけじゃなくて、自分も作っていたと思う。
(ガチガチに緊張してたのが嘘みたい)
(…気を抜いちゃうっていうのとも違う、ちょっと不思議な感じ)
ちゃんと「恋人」って言える関係になってから2週間。
連れて行ってもらったお店やバーのレベルに驚いて、最初こそ色んな意味で不安が大きかった。
でも睦月さんは普通の人。
実家は確かに大きな存在だし立ち居振る舞いで家柄を感じることもあるけど、普通の人。