メジャースプーンをあげよう

「なーに? おれがいなくて寂しかったの? いつきちゃん」

 振り向く前に聞こえてきた声。

(……え)

「その手を離しなさい」
「えー? やだ。いいじゃんべつに」
「よくない。離しなさい」
「やーだね!」

 睦月さんと後ろの人影は言い合いを始める。
 すると急に両腕をぎゅうと回され、その顔がすぐ横にきた。

(う、上坂く)

「いつきちゃんはなんでかたまってんの」
「だから、離れろって言ってるだろ」

 睦月さんは私に抱きついた上坂くんを無理矢理引きはがすと、私の肩を抱いて自分へと寄せる。

「大丈夫だったか、はじめ」

 半分以上胸に抱きよせられて名前をささやかれた。

「ゲッ……名前呼びすてとか……」

 背後から回りこんできた上坂くんは、おどけたように首をかしげる。

「……上坂くん」
「久しぶり、いつきちゃん。おれがいなくて寂しかった?」
「……大学、忙しいんだ」
「話そらさなくても。ま、いーけど」

 上坂くんは私と睦月さんを交互に見てため息をついた。

「もうすっかりそーいう仲みたいだね」
「そ、そういうって」
「だからーヤッ」
「聞いた私がバカだったほんとごめん言わなくていい」

 前にもこんなことがあった気がする。
 上坂くんがバイトに来なかった間、次会ったらちゃんと話さなきゃって考えすぎて緊張していたのが嘘みたいなくらい、普通に話せている。

「……どうしてここに? 今日も入ってないですよね」
「あー敬語に戻っちゃったね。惜しかった」
「上坂くん」

 それでもちゃんと話したいのは変わらない。
 睦月さんも私の肩から手を離して、黙って見守ってくれていた。


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