メジャースプーンをあげよう

 間違いない。
 私がここにいるって聞いて来たってさっき言ってたけど、睦月さんがいることを見越してここに来たんだ。
 睦月さんを見ると、少しだけ目を見開いていた。

「…上坂くん?」
「べつに、ちがうし」
「ほんと?」
「……でも言いたいことはある」

 上坂くんが睦月さんを見た。
 睦月さんも、静かに見返す。

「あんたなりに親父の料理を守ろうとしたっつーのはわかりました」
「……そうですか」
「でも、おれはあんたを許すつもりはないすから」
「……ええ」
「いずれ絶対返してもらいますよ。親父」
「……ええ」

 ふたりの視線が交わっていたのは声を発している間のみで、すぐにまた互いに逸らされる。

(でもなんだろ、やっぱり全然違う)

 許すつもりはないなんて言ってるけど、上坂くんの目に憎しみはない。
 それを受け止める睦月さんはとても穏やかだ。

「あーとーはー」

 言いながら腕を組んだ上坂くんはさっと私の前にひざまずいて、手を取る。
 そして手の甲にチュッと音を立ててキスをした。

「ちょっ、上坂く」
「…!」

 慌てる私、隣では睦月さんが勢いよく立ち上がる。
 上坂くんも体勢を戻してデニムのポケットに手を突っ込むと、目を三日月にして笑った。

「返してもらうリストにいつきちゃんも入ってるんで。よろしく」
「渡すつもりはないと以前申し上げたはずですが」
「目をつけたのはおれが先っすよ」
「はじめが選んだのは俺ですけどね」
「あれぇ? 本性出てきてますよ都サン?」

(ちょ、ちょっと…)

 内容が内容だけに下手に入っていけない。
 人生初のモテ期と呼んでいい状態なのに、実際経験すると鯉みたいに口をパクパクすることしか出来ない。


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