メジャースプーンをあげよう

 隣の空気が変わったからだ。
 たとえるなら、毛が逆立った動物みたいに。

「はあ? 行ったんだ?」

 しかも、無理矢理な丁寧語が抜けた。

「どんなツラさげて行ったわけ」

(なんかヤバい気がする)

 上坂くんは笑顔を歪めている。
 軽そうなバッグを握った手が心なしか震えている気がして、今にも殴りかかるんじゃないかというくらいの怒りが伝わってきた。
 いつも周りを見ることのできる頭の良い子がこんな風になるなんて。
 ビルから出てきた何人か、そして全然関係ないただの通行人もがジロジロ見ていくことすら気付いていないみたいだ。

「上坂くん」

 そう言ってバッグを引っ張ると、はっと我に返ったように顔をあげてから、私を見る。

「あ……いつきちゃん」
「帰りましょう」
「や、おれまだこいつに」
「でも…ほら、寒いし」

 なんとかして上坂くんの意識から睦月さんを離そうと視線を迷わせてみると、上坂くんも自分が注目されている事に気付いたようだ。


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