メジャースプーンをあげよう

 駅まではすぐそこだ。
 私も上坂くんも通勤に電車を利用している。つまりは

(駅までこのまま!?)

「う、上坂くん、手!」

 自慢にもならないけど、男の人と手を繋ぐのなんて久しぶりすぎてこの際動揺がバレようがどうでもいい。
 万が一顔見知りの誰かに見られでもしたら勘違いされるかもしれないし、何よりそんなことまで考える自分がいちばん恥ずかしい。
 だって、成人していても相手は大学生。
 学生相手にアラサーが勘違いされるって思うだけでもむしろ恥。

「上坂くんってば」

 背の高い上坂くんは歩くのも早いらしく、私は引っ張られるようにして後に続いた。
 南口の手前、大きな交差点の横断歩道。
 赤信号でようやく止まった上坂くんに追いついて、手を離そうとした。

「……上坂くん?」

 グッと握られた手はやっぱり開かない。
 マフラーで鼻まで隠れた上坂くんの目だけが、私を見た。

「ありがとね、いつきちゃん」

 落ち着いた優しい声だった。
 お店でも、今までも、聞いたことないくらいの。


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