メジャースプーンをあげよう

 駅の目の前だけあってあたりは眩しいくらいに明るい。
 だから、上坂くんの顔もよく見えた。
 正しくは鼻から上だけだけど。
 上半分の半月みたいになっている目が、やわらかく笑っているのがよく見えた。

「おれ多分あのままじゃあの人殴ってたし」
「……そんなに?」
「あの人ねー銀行員だったんだよ」
「えっ」

(銀行員?)

「そん時に世話んなったの。いろーんな意味でー」

 握られた手が痛い。
 ぎゅっと力が入ったせいだ。でも今は、ふりほどこうともやめてと言う気にもなれなかった。

「…そうなんだ」

 代わりに、ただ相槌を打つことしか出来ない。

「そーなの。まっさかミスター結構があいつだったとはなー」

 信号が赤に変わった。
 手を握られたまま歩きだす。
 横断歩道を渡りきる直前で、前を歩く上坂くんが振り向いた。

「でもこれで、おれは完全に応援できなくなったよいつきちゃん」
「え? なに」
「だっておれ、」

 信号が赤に変わり、停止していた車が一斉に走り出す。
 そのせいで上坂くんが何て言ったのか、私には聞こえなかった。


< 55 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop