メジャースプーンをあげよう
駅の目の前だけあってあたりは眩しいくらいに明るい。
だから、上坂くんの顔もよく見えた。
正しくは鼻から上だけだけど。
上半分の半月みたいになっている目が、やわらかく笑っているのがよく見えた。
「おれ多分あのままじゃあの人殴ってたし」
「……そんなに?」
「あの人ねー銀行員だったんだよ」
「えっ」
(銀行員?)
「そん時に世話んなったの。いろーんな意味でー」
握られた手が痛い。
ぎゅっと力が入ったせいだ。でも今は、ふりほどこうともやめてと言う気にもなれなかった。
「…そうなんだ」
代わりに、ただ相槌を打つことしか出来ない。
「そーなの。まっさかミスター結構があいつだったとはなー」
信号が赤に変わった。
手を握られたまま歩きだす。
横断歩道を渡りきる直前で、前を歩く上坂くんが振り向いた。
「でもこれで、おれは完全に応援できなくなったよいつきちゃん」
「え? なに」
「だっておれ、」
信号が赤に変わり、停止していた車が一斉に走り出す。
そのせいで上坂くんが何て言ったのか、私には聞こえなかった。