メジャースプーンをあげよう

***

「お疲れさまです」

 開口一番、睦月さんは言った。
 いつものように女性社員に迎えられると思っていたら、フロア15に到着したエレベーターを降りてすぐに出迎えてくれたのだ。

「お、お疲れさまです」

 上坂くんとはまた微妙に違う意味でどんな顔をして会ったらいいのかエレベーターの中でイメトレまでしていたのに、間抜けなオウム返ししか出来なかった。
 睦月さんはいつもと変わらないように見える。

(……そうだよね。アレはきっとプライベートすぎる事で、そういうの会社で出す人じゃなさそうだし)
(ていうかそもそも私無関係だし)

 ひとまず仕事を終えないとと、いつものようにポットを差しだしかけたところで睦月さんの手がそれを止めた。

「え、あの?」
「ここではまだ結構です。…申し訳ありませんが、こちらへ」

 唖然とする私にそう言うと、睦月さんは背を向けて歩きはじめる。

「あの睦月さん」
「今日はこちらへお願いします」

 睦月さんは静かにくり返して、私についてくるように促した。
 言われるがままついて行く。
 質のいいラグが敷いてある床は睦月さんの革靴からも、私のローヒールからも何の音がしなかった。


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