メジャースプーンをあげよう

「ねえいつきちゃん」

 耳のすぐそばで声がした。
 俯いたままかたまっていた顔をゆっくり向けると上坂くんが目の前に、本当に目の前にいて思わず身体を引きかける。
 でもそれを許してくれなかった。
 手を握られたままだったから。

「相手があいつなら、おれは応援できないよ」
「……」
「あいつが好きなんだよね?」

 好きだとまだ断定できるほど、私は睦月さんのことを知らない。
 だけど、もっと知りたいと思うほどには好きだと思う。

(でもその前に)

「……それを上坂くんに言わなきゃだめですか」

 明かさない権利はあるはずだ。
 もともとは私のうっかりとはいえ、よりによってなんで同僚の男の子に恋バナをしなきゃいけない。

「えー、今さらいつきちゃんがそれ言うー?」

 喉を鳴らすように笑った上坂くんが指を絡めてきて、それでもやっぱり力の強さで負けて。

「アハハ、顔あかーい」
「ふざけないで、っていうか私もう行かなきゃ」
「ダメ」

 立ち上がりかけた私を上坂くんがひっぱった。
 バランスが崩れて転びそうになった瞬間、当然のことが起きる。


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