メジャースプーンをあげよう

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 今日はわりとあたたかい方だったと思うけど、ビル風はやっぱり冷たい。
 陽が落ちたら空気がさらに冷えるのは当然のことで、1歩外に出た途端思わず両手で身体をさすった。

(いちおうショールもってきてたのに…)
(事務所に置いてきちゃった)

 暦の上で立春を過ぎても寒い日は寒い。
 用意だけはバッチリなのに肝心なところで抜けるのは直らなくて、嫌になる。

「さすがに冷えますね」

 振り返った睦月さんの息が街灯に照らされて白く流れた。
 少し距離を開けつつも並んで歩きながら、私も頷く。
 あれから上坂シェフや上坂くんの話をすることはなかった。
 不自然にそらすわけでも触れないわけでもなかったし、帰り際に挨拶してくれた時も普通に話をした。
 でもそれ以上聞くことはできなかった。

(話したがらないことを突っこむのもな…)

 その時、突然あたたかくなった。
 首のまわり。やわらかくて、あったかい。

「えっ」

 睦月さんのマフラーが私に巻かれている。
 今まさに巻き終えた睦月さんの顔がすぐ近くにあって、その目が細められていることも気付いた。

「冷えるでしょう」

 何てことないように言って、手が離れる。
 いつもと同じ平淡な声。
 でも、目がやさしい。勘違いじゃない。すごくやさしい。

「……あっ、睦月さんが寒いんじゃ」
「心配いただかなくて結構ですよ。いつきさんの首はとても細いので見ている方が寒いです」

(なんじゃそら)

 やさしい…んだけど、言うことが微妙にズレている気がする。


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