メジャースプーンをあげよう

(それが睦月さんと関係すること?)

 喉から出かかった言葉を飲み込むと、上坂くんが小さく笑う声がした。

「聞きたいなら聞いてくれてもいいんだよー?」
「……大丈夫です」
「ひとりごとだから気にしないで歩いてていいよー」
「無理に決まって」
「おれも詳しいことは知らないよ。ただ、あいつのせいで店がつぶれたってことはわかる」

 あいつ、のところでグッと声が低くなるのは変わらない。
 気にしないなんてこと絶対出来ないけど、ひとりごとだからねと付け加えられたおかげで黙ったままビルに向かうことにした。

(……睦月さんの前職は銀行員。ってことは、お店が顧客だったってことだよね)
(融資ができなくて…とか?)

 黙ってはいるけど考えは止まらない。
 銀行員と個人事業主の間に何かあるのなんてそのくらいだ。
 @SQUAREが出来てまだ2年そこそこ。
 テレビでの情報が本当だとしたら、あの店のシェフとしてスカウトされたとして。
 お店をたたんだのと関係があったとしたら―――

「いつきちゃん!」

 急に腕を掴まれた。
 瞬間、後ろからヘッドフォンの音楽を派手にたれ流しながら自転車が通り過ぎていく。

「あっぶねーなー。てかアレ違反じゃん」

 捕まっちまえと怒る上坂くんとは反対に、私は完全にかたまっていた。
 腕を掴まれて、歩道の内側へ半分投げられた感じになったところまでは覚えている。


< 88 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop