メジャースプーンをあげよう
「昨日……?」
上坂くんの言葉を小さくくり返す睦月さんに走り寄ることだ。
変な誤解をされたくない。
せっかく1歩近づけたと思ったのに、ここで上坂くんとのことを誤解されるのは嫌だ。
後ろにいる上坂くんの様子が気にならないと言ったら嘘になるけど、どっちにもいい顔できるほど器用になれない。
「む、睦月さん! どうしてここに」
「え? ……ああ、少し挨拶に回るところがあって。今帰社するところでした」
「そうなんですか。お疲れさまでした」
「いつきさんは、今?」
「はい。今日は雑事が詰まっていたので遅番に。今向かっていたところです」
「そうですか」
返事をしながらも、睦月さんの目はするりと上坂くんに向かう。
「……彼は」
そして、静かに聞かれた。
前に顔を合わせた時の睦月さんとは全然ちがう。
上坂シェフと直接話したことで、睦月さんの中にあったわだかまりみたいなものがとけたのかもしれない―――と思ったんだけど、それとも違って見える。
「たまたま会って! あの、暴走チャリから避けてくれたっていうか!」
「そーそー。で、ついでにまあ、役得? みたいな?」
「上坂くんは黙ってて!」
「……抱き合っていたのはいつきさんの本意ではないということでよろしいですか?」
「当たり前でしょ! ってかそもそも抱き合ってなんかないってば!」
「いつきちゃんいつきちゃん」
「だから上坂くんは頼むから黙ってて」
「や、口調がホラ。おれはいいんだけどね? 仲良くなったみたいで」
「え?………あっ」
勢いのまま睦月さんにまで強い口調になっていたことに気付き、固まる。
睦月さんはぽかんとしたように私を見ていたけど、微笑んでくれたように見えた。たぶん。