メジャースプーンをあげよう
私の手を取り、「行きましょう」と促してくる。
こんな明るい時間、しかも会社の近くで手を繋いでも平気な人だったことに驚きと照れが一気にきた。ただコクコクと頷いてそれに従う。
睦月さんは少し身を屈めると、囁くように続けた。
「彼と同意というのは不本意ですが……俺も、距離が縮まったようで嬉しかったですよ」
「……そ、うですか」
「また敬語」
「睦月さんもじゃないですか」
「俺は癖みたいなもんですから。そのうちに」
いつもより顔が近くにあるからまともにそっちを見ることができない。
でも口元が少し緩んでいて、声を嬉しそうなのはわかった。
「おいおいおーい」
後ろからついてきたのは上坂くんだ。
右隣にいる睦月さんとは反対側の左隣に並んで、不服そうに頬を膨らませている。
「なーにちょっと。まさかとは思ったけど、なに、マジでもうそういう関係なの」
「そ、そういう関係って」
「え? やーだなぁいつきちゃん決まってんじゃん。もうヤッ」
「何でもない頼むからホントもう黙って!」
「圭吾くん」
喚く私を制したのは睦月さんだった。
明らかに敵意を向けた上坂くんは、冷たい目で応える。
「あんたに名前で呼ばれる筋合いねーんだけど」
「私は君に憎まれても仕方ないことをしたと思っています」
「あ?」
「だから私のことはどう思われても結構です」
「へー?」
「ですが」
睦月さんはぴたりと足を止め、上坂くんを真正面から見つめた。
「いつきさんのことは別です」
「……なにそれ」
「君が1番わかっているでしょう?」
上坂くんは唇を噛む。
少しの沈黙が流れ、ちいさくこぼれた息はどちらのものだったのか、私にはわからなかった。