メジャースプーンをあげよう

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「殴っていい?」
「えっ」

 相変わらずスパァと煙草をふかす真似をした結衣子さんの物騒な言葉に、椅子をテーブルに上げていた手が止まる。
 結衣子さんはレジチェックを続けながら楽しそうに笑った。

「年下と年上から愛される。超オイシイ。だから殴りたい」
「私ですか!?」
「他に誰がいんの」
「でも」
「冗談だって。超オイシイってのは本音だけど」

 あれから睦月さんとまともに目を合わせられないままビルに着いてしまい、エントランスで「ではまた」と告げられた時にようやく顔を上げた始末だ。
 睦月さんは気にしない素振りをしてくれていたけど、きっと何かしら思われたに違いない。
 教えてもらったばかりのメールアドレスにフォローいれなくちゃと思ったまま、結局クローズの時間になってしまった。

「ミスター結構は独占欲のあるタイプだったかー。意外」
「え」
「えじゃないでしょ。あの子に牽制したんでしょ?」
「……そう、なんですかねやっぱり」
「他に何があんの」
「………」
「で?当の恋人はそのあとよそよそしいと。ミスター結構へこんでんじゃない?」

 ぴしっとお札を弾く音がして、結衣子さんはあーあと続ける。

「てかさ。ミスター結構の苗字が都だって早く教えてよ」
「え?」
「え?まさか知らないの」

 結衣子さんはレジをロックして袋を脇に抱えると、私が片付け作業を続けるテーブルの隣に立った。


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