【超短編 18】月の十兵衛
 寂しい気持ちでいっぱいになった十兵衛が大きな声で泣き出して、それでも小さい十兵衛の泣き声は、背の高いススキから姿が見えないように、ススキの鳴らす音よりも小さいので誰も気付くことができなかった。
 泣き疲れた十兵衛が辺り一面のススキに不安を思えながらもふと空を見上げると、そこにはぽっかりと浮かぶ丸い満月の姿があった。
 その満月はどこまで行っても十兵衛の後をついてきて、それでもススキの大地から抜け出すことはできなかったが、次第に寂しさは無くなっていった。
 お腹が減って歩きつかれた十兵衛がまた眠りについて、そこに十五夜のススキを取りに来た人間の家族に拾われた。
 町に住むようになってしばらくしてから、老猫のフェンネル爺さんに月に住むウサギの話を聞いて十兵衛は、自分の生い立ちに確信を持った。
「そっか。僕も月で生まれたウサギだったんだ」
 それまで両親を知らないことであまり元気のなかった十兵衛は、ウソのように明るくなって、飼い主の美智香も喜んだ。
「いつか月に帰りたいと思うかい?」
 ある日、老猫のフェンネル爺さんが十兵衛にそう聞くと、彼は首を横に振った。
「ううん。故郷も大事にしたいけど、僕の家はここだから」
 十兵衛は、今日も明るく元気に飛び跳ねる。
 遊びつかれたら、大好きな美智香のいる家に帰ってくる。
 子うさぎ十兵衛は、まだ小さいから漢字を読むことは出来なかったが、篭目町の動物たちはみんな知っていた。
「月野」と書かれた表札の家に帰る十兵衛は、まさに月のウサギだということを。
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