秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
 義之さんはハッとしたようにその場で携帯を取出し電話を掛ける。

「もしもし、夜分すみません!一之瀬です!!実は娘が……」

 ことのあらましを説明し、その受け答えからはどうやら園に遥姫は現れてはいないようだった。
園長先生も、周辺を見てくれるとのことだ。

「あの、遥姫になにかあったんでしょうか?」

 僕が口を開くと、その場にいた大人は俯きだした。

「……遥姫は、いつかの時みたくまた心を閉ざすようになってしまってね」

 ちょうど一年前くらいから、笑顔が一つ減り、言葉が一つ減り、ただぼーっと部屋で窓を見つめることが多くなったそうだ。

一年前といえば、ちょうど僕が家庭教師を辞めた時だ。それは義之さんもわかっているから言いづらいのだろう。

「あの部屋の窓からはね、ちょうどこの門が見えるんだ」

 ふと邸宅の方へ視線を移し、二階のちょうど彼女の部屋と思われる窓を見つめる。

「匠くんが来る日は、ずっと窓に張り付いて、君の姿を見つけるのをとても楽しみにしていた」

 様子が目に浮かぶ。

そんな彼女に、僕はなんてことをしてしまったんだろうと後悔がのしかかる。

「遥姫はね、ずっと母親を待っていたんだと思う」

 落ち込む僕をよそに義之さんは眉を下げて、自嘲するかのように話しだす。

「あの子の母親は別に死んじゃいないんだ。どちらかというと、家庭よりも社会で生きるほうが好きな人だった。だからね、遥姫はずっと焦がれていたんだと思う」

 本当は父親の自分がやるべきだったのに、と小さくつぶやいた義之さん。

「自分だけを見てくれる人、自分のことだけを想ってくれる人が欲しかったんだと思う」

 初めて会った時の寂しそうな遥姫が。
うさぎのぬいぐるみを抱きしめていた遥姫が。
指切りをしたときに、嬉しそうに笑った遥姫が。

「僕は遥姫の全てを答えられなくて、だからこその母親なのだろうけど、彼女もそんな人だったからね……離婚することになってね」

 お恥ずかしい、と言いつつも自責していたように見えた。

 ゆっくり向き直り、義之さんは優しく笑う。

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