秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
 大学生活もすでに半分を経過し、半袖を意識し始めたころだったと思う。

 女手ひとつで僕を育てる母は、いつも忙しそうに、そして太陽のように笑ってる姿しか見せない。

今思えば、そんな聖人君子なんていないのはわかるけれど、あの頃の僕は年を重ねるだけでそれを察することができるほど大人ではなかった。


「この前ね、あおぞら園の園長先生に会ったの」

 あおぞら園、それは小学生まで通っていた児童施設だ。

この辺りでは臨機応変に長時間子供を預けておける施設で、保育園とはちがい年齢層も幼児から小学生までと幅広くカバーし、働く親たちの味方だった。

友だちと喧嘩もしたし、施設長の園長には怒られることもあったけれど、僕の第二の母親のような彼女が「よく頑張ってるね」と暖かい手で頭を撫でてくれたことを今でもよく覚えてる。

「そうなんだ、元気だった?」

「うん、いつも通り優しそうだったわ」

 僕も久々に顔を出してみようか、なんて忙しい日々の中ですっかり忘れていた頭で思っていた。

「バイトは、もうやるつもりはない?前回はお願いしちゃった形になっちゃったんだけど……」

 焦ったような言い方に疑問は残るものの、「まあ、さすがに場所が場所だけに緊張はするけど」と前置きをして、内容は別に特に問題はないはずだった。

ただ、僕だけの問題で言うならば、胸の奥をほのかに温かくするこの感情を僕はどう名付けていいかわからなかった。

それは考えれば考えるほど難しく感じられ、けれどもとてもか弱く揺蕩うろうそくの灯のような気持ち。

「うーん、どうかな……?」

 なるべく顔を見ないように冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み込んだ。


「あのね、実は……」

 背後で大きな深呼吸をした母はすこし恥ずかしそうに、それでいて困ったように笑う。

ゆっくりと開いた口から紡がれる言葉に、これから辿るであろう想いをきっと一生口にすることはできないと思う。
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