秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
 働く、ということは、これほどまでにも敷居が高いのか、なんて実感していて、中学の担任がそりゃ止めるわな、と一年前の出来事に納得せざるを得ない。

けれども、僕の生活にこれはすでに組み込まれていることであり、これを外すには母の負担も考えねばならず、そうなると働くということ自体に疑問を持つことになり。

堂々巡りでなんだか嫌気がさしていたのだと、そのとき理解した。

「たくちゃんにはたくちゃんの道がある。それは、お母さんと同じものではないのよ?」

 園長先生の言葉の真意は図りかねたけど、そりゃそうだけどって思っていた。

「たくちゃんがやりたいことなら、お母さんはなんだって応援すると思うのよ」

 僕のやりたいこと。そんなこと皆目見当もつかないな。

「お、お兄ちゃん……」

 さっきの算数プリントと闘う男の子がつぶやく。

視線を落とせば、今度は百の位で困っている。

「十の位から借りられない時は百の位から借りるんだよ」

 おお、と小さく驚いて男の子はまた数字を追いかける。


「ねえ、たくちゃん。園で働いてみない?」

 それは突然の誘いだった。

ピシリと体が固まり、ぎこちなく目の前に座る園長先生を見上げると、こくんとお茶を一口飲んでいた。

「お店とかに比べればあまりお給料はあげられないけれど、たくちゃんのペースでこの子たちを一緒に見守ってみない?
ここで過ごしたたくちゃんなら、ここの子たちの気持ちがわかると思うの。
そうやって、少しお勉強を見てあげるだけでもいいの。隣に座ってあげるだけでもいいのよ」

 その瞬間、体中の血液が熱を持って駆け抜けたように感じた。

お迎えの遅い日、暗くなっていく外を眺めて、本当は寂しいとか心配とかいう気持ちがくすぶっていたけれど、どうにか格好つけたくてこっそり胸の奥にしまったこと。

テストで百点とって、園長先生たちに自慢したこと。

体育で逆上がりができるようになったこと。

友達とケンカしたけれど、自分よりも年下の子がおもちゃをもって「ごめんね」と言えていたのに、自分は言えなかったと反省したこと。


 思い出が、強く駆け巡る。

「すぐじゃなくてもいいのよ、お母さんと一緒に考えてもいいから……」

 園長先生は、いつも僕たちの心に寄り添ってくれる。

そんなことが、僕にはできるだろうか。

「いえ、僕にもやらせてください」

 堂々巡りで自分にうんざりするのは、もう辞めたかった。
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