ふたりぼっち
「はぁー……」


秋空を見上げながら、煙を吐き出す。


事故から、2年。

彼女が記憶喪失になってから、2年が経つ。


それなのに彼女の記憶は、一向に戻る気配がない。

そして彼女の記憶は相変わらず、今も一日しか持たない。


夜、眠りについて翌朝になると、昨日のことは全く覚えていないのだ。


だから、一日かけてどんなに説明した所で、翌朝には覚えていない。


朝になれば決まって今日のように、怯えた瞳で俺を見る。


「あなたが私をここに誘拐したの? 」と。


そして俺は毎日頷く。

「俺が誘拐したんだ」、と。


下手に説明して、彼女の心を壊さない為に。


彼女の心のバランスを、守る為に。


事実、ハルの言う通りかも知れない。


俺が彼女をあの家に、閉じ込めているのだから。



……もう、ハルは昔みたいに、「大好き」と俺に優しく微笑んでくれないのか……?


俺は、本当にこのままで良いのか?

一体、いつまでこんな生活が続くんだろうか……?


愛した者に名前も呼んでもらえず、顔すら覚えてもらえない、こんな悲しい日々が……いつまで……。


「くそっ、考えるのはやめだ! 考えたって、どうしようもないんだからな。1番辛いのは、ハルなんだ。俺は今まで通り、変わらない。妻を信じて、待つだけだ……」


手に持っていたタバコを灰皿に押し付け、強引に火を消した。


そして、デスクに戻ろうとしたその時。

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