ふたりぼっち



***


「まだアキさんとは何だか恥ずかしくて呼べないので、もう少し待って下さい」


彼女はそう言った。

その言葉には、聞き覚えがある。


……いや、忘れる筈がない。

俺が何度も何度も読み返している、手紙の言葉と全く同じだったから。

付き合っていた頃のハルからもらった、ラブレター。

そう、ハルは付き合い始めた当初俺のことを明彦さんと呼んでいたのだ。


(シャイで恥ずかしがり屋な彼女らしい呼び方だな……)


当時の俺は、そう思っていた。




だが、今……この状況で再びその言葉を口に出されることが、こんなに心を抉られるような痛みを伴うとは思いもしなかった。



極力考えないようにしていた事故前の彼女を思い出してしまい、俺の心はどうしようもなくグチャグチャに掻き乱される。


(今名前を覚えてくれても、明日には俺のことなど忘れられてしまうんだろう……)


どうして、事故に遭うのがハル親子じゃなければならなかったのか。

どうして、新婚の俺たちがこんな苦難な道を歩まなければならないのか。



どうして、俺とハルが……こんなに苦しまなければならないのか。


そんな怒りが、この胸を支配していく。


俺は無意識の内に、車のハンドルをギリギリと握り締めていた。
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