ふたりぼっち
***

「明彦、さん……? 」

怖い顔をしてハンドルを睨んでいる、彼の名を呼ぶ。


彼は我に返ったように、「ああ、ごめん」と苦笑いした。

「やはり、名前を呼ぶなんて嫌ですよね……すみません」

「いや、そういう訳じゃない。名前は好きに呼んでくれてかまわない」


赤信号が青に変わり、車は発進する。

明彦さんは、真っ直ぐ前を見つめながら私に問い掛ける。


「名前を呼んでくれるということは、今日はひとまず俺を信用してくれたってことか? 」

「はい、ひとまずは」

明彦さんはそうか、と呟いた後片手で私の手を握ってきた。

「い、いきなりどうしたんですか……? 」

慌てる私をよそに、彼は冷静だった。

その横顔は、切なさを孕んでいるような、そんな表情を浮かべている。


「明彦、さん……? 」


そして、彼は言った。


「どうか、俺の名前を……明日も、覚えていてくれ……」


今にも消え入りそうな、そんな声音。

私はアハハッと笑う。




「そんなの、当たり前じゃないですかっ」


私の返答を聞いた彼も、「そうだな……」と切なげに笑った。


僅かに開いた窓から秋の冷んやりとした風が、車内の私達を包んでいた……。

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