心理戦の100万円アプリ



 女社長はこれでもかと更に見下した。

「社会としてもあなたはいらない。
 という事は家族としても誰からも必要とされてないわ」

 明らかにスラッシャーされてる、ウィークポイントもバレてしまっている。何か、何か逆転はないか?
 あれしかない。もう逆転するならこれだ!

「あなたの社会の存在価値なん……」

「ちょっとまって」

「何よ? ボケ、ナス、カス」

「女社長さん、指輪。見してくれます?」

「な、なによいきなり。嫌よ汚い!」

 女社長は右手を机の下に隠した。

「それ、社長が身につける様なデザインじゃないですよね? 小さいけどドクロの指輪。よっぽど大事じゃないと身につけて会社なんかこないですよね? 他に示しがつかない」

「私はドクロが好きなだけよ」

 ここからは、カマかけと、誘導尋問、外したら負けだ。

「嘘ですよね? それ程好きならそのダイヤのネックレスと合わなすぎる。矛盾してますよ」

「指輪のこれだけ気に入ってるの」

 顎を引き、下から睨みつけてくる。
 僕は立ち上がり、近寄りと女社長の机に両手を置く。

「近くでみると明らかに浮いてる、隠してたけど髪をかきあげる時に見えたんですよ。隠すって事はそれが大きな意味があるからじゃないの?」

「しつこいわね! 面接の続きよ!」

 声のトーンが上がる、ここで確信に変わった。

「はい、今度は僕があなたの面接です。僕が人間を見極めます、その指輪は何処で買いましたか?」

 近くに寄り、目線を外させない。

「何処で買ったなんて忘れたわよ! あなた、職歴は!?」

 よしだいぶ興奮してきた、だけど指輪の話題が終わったら負けはほぼ確定、また母親の話しに戻される。

「忘れた? おかしいですね、大事な指輪なのに何処で買ったか覚えてないんですか?」

「路上で気に入ったから買っただけよ、だから覚えてないの!」

 向こうは防御に徹した、チャンスはこの会話がラスト。話しながら、カマかけと突破口を見つける!

「そんなにお金があるのに路上で買うのはおかしいですね。もっとブランドとか買うはずですよね」

「そうそう、思い出したわ。外国に行った時にブランド店で買ったのよ。路上はセンスあるのをたまに買うのが趣味で、これはブランドよ」

 嘘が解りましたよと、口角を上げ笑顔を見せつける。

「かなり嘘が出ましたね。長い間つけてるんでしょう? メッキが剥がれてしまっている」

 女社長は親指の爪を噛んで睨んで黙り込む。

「それ、おそらく昔の彼氏……」

「その話しはもうやめて。途中で棄権するわよ? 面接しないならもう辞める」

 よし彼氏で確定だ。勝てる! しかしここでゲームを降りられたらポイントが少ない。ここまできて勿体無い。

「無理しなくていいですよ、あなたとっても愛されていて、愛してたんですね」

 勝負をいつ降りられてもおかしくない。けど愛という言葉が引っかかると聞いてしまうはず。

「メッキが剥がれるまでつけ続けてあなたは純粋だ。人を壊せるような人間じゃない。僕はあなたのような人は好きだ。弱さを悟られないように必死だったんですね。ほら、溢れこんだ愛情と純粋がその指輪から伝わってきますよ。是非その彼氏の事が聞いてみたいですね」

 女社長は頭を二回横に振って髪をなびかせて、眼鏡を外して大きく溜息をついてまたかけ直す。

「スラッシャーされない自信はあったけどまさかヒーラーされるとはね。これ以上話してもヒーラーされ続けるだけね、ポイントの無駄だわ。私の負けでいい、もうヒーラーは辞めて。あなたは人を見る目がある人間だったのね、負けたわ」

 いい人だ、嫌いになれない。半端だけどヒーラーもできたはずだ。

「いいですよ辞めましょう、赤い眼鏡がない時のほうが優しい感じで僕は好きですよ」

眼鏡に手を伸ばし、指でつまんで外してやると敵意のなくなくなった彼女をじっと見る。やっぱりあの顔はハートブレイク用でか、普段からあんな怖い顔ずっとしてるはずないもんな。

「あ……メガネ」

か弱い声で両手を伸ばして彼女は子供の様に返してと仕草を見せる。

「ごめん、度がキツイみたいだし無いと困るよな」

両手で丁寧にかけ直してやると、唇をキュッと締める様に先程とは違う真面目な顔で目を見てくる。

「普段人を観察する癖があるから、見えないほうが疲れないのよ」

 アプリからの連絡を受けとった音に2人共ケータイを見つめると、こっちには55ポイントが僕に加算された。

「元彼氏の事、このゲームが終わったら相談しようかしら」

 初めての笑顔を作ってくれ、微笑みかけてくれた。ポイントより大きな価値の笑顔が僕を安心させる。

 僕はそれに応えるために歯並びを自慢するみたいな笑顔を作った。

「いつでもいいですよ。僕は渡辺優です」

「私は中野彩子よ。ねぇ、ここに就職しない?」

「終わったら考えてみますよ」

「ねえ」
 
「はい?」


「……なんでもない。面接は合格よ、行ってらっしゃい」

 僕は最後の女社長の心は読めず、疑問に思いながらその部屋から出た。
 服に香りがまだつていて、なんだかあの匂いが好きになってしまいそうだ。

 頭の中で太陽が晴れを知らせてくれた様に、今までずっととれなかった胃の痛みを忘れる事ができた。

 外に出て電話をするとケンジが出ない、まさかハートブレイクされたのか?
 すると両手にソフトクリームと、脇にパチンコ雑誌を挟んでケンジがやってきた。

「終わったの? くそー、ソフトクリーム折角チョコと抹茶どっちも食べるつもりだったのに」

 冬のソフトクリームを持つケンジが何故かツボに入り腹を抱えて笑い声が少し漏れる。

「まず僕の結果気にしろよな。滅茶苦茶危なかったんだぞ?」

「勝ったんだろ? それよりどっちが抹茶食うかトランプでだな……」

「僕はチョコが好きだからそっちをくれ」

 ケンジは唇をとんがらせチョコを渡してくれた。空を見上げながら、一口食べると頭の知恵熱が冷めていく。

「しかし寒い日のソフトクリームもいいもんだなあ」

「おいおい優君! 忘れてるだろ!」

「ああ、ごめん55ポイントだったよ。あと21ポイント」

 ケンジはは手を出した。

「200円!」

「タクシー出しただろー? ソフトクリームくらいタダにしてくれよ」

 払わないと解った途端、ケンジは僕のソフトクリームにかぶりついた。

「あ! 僕のチョコソフトクリーム!」

「お金払わないのが悪いもんねえ」

  ケンジは奪い取るとあっと言う間に二つ食べ終えた。

「次のハートブレイクで終わりだね、優君絶対勝つし」

 指をしゃぶりながらお気楽な様子でケンジも空を見上げ、寒気に身を震わせる。

「勝てるかわからないけど、とりあえず次に行こうか」

「は、待って! 優君。あれすげー美人!」

「はあ?」

  ケンジはパチンコ雑誌をバタバタと羽ばたかせながら女性の前に行った。何やら話したかと思うと、10秒もたたないうちに賢次は上半身を仰け反らせた。

 なんだナンパか。ケンジがプレイヤーなのが疑問に成る程に、自由なのに頭が良いという事には結びつかなく感じる。

 葉っぱが一つもない枝が僕ら2人を笑うようにカサカサ風に揺られている。
 うん、やっぱり賢次といると楽な気持ちになれるな。

 ケンジはトボトボ歩いて帰ってきた。

「もう恋はしない。475回目の失恋で気が付いた」

 引いた事がばれない様に気を使い、小声に音量を下げた。

「か……数えてたの?」

「いや、適当。」

「……それツッコミしないよ? とりあえずまたタクシーでいくか」

「なんだよお。あ! 優君彼女いるんだな? ソフトクリーム買ってあげようか?」

「彼女もいないし、ソフトクリームで女の子紹介もできないよ。さ、行こうか」

「美人とハートブレイクしたいなあ。さっきの女社長もなかなか良かったよね! あれ? 優君? おーい」

  僕は前を見て、視線も逸らせず固まって動けない。過去の事が頭の中で小さくフラッシュバックする。
  何故なら、前からモヒカンが近づいてきたからだ。
  関わりたくないという強い気持ちからか、動けない。
  ハッと思い出す、僕はハートブレイクしてるからもう二回目はないけど、ケンジがヤバイ!
  ケンジを何とか逃がそうと見ると、鋭い目でモヒカンを睨んでいる。
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