心理戦の100万円アプリ


「優君21ポイントだろ? て事は21万で済むって事じゃん。ポジティヴに行こうよ!」

肩で息をついてケンジは額の汗を拭う。

僕は路上に座り込んで頭をくしゃくしゃと抱える。

「規約に、マイナスだったら100万以上のペナルティっていってたろ」

現状理解がハッキリする度に、感情のやり場がなく、やけくそになりゴミ箱を蹴る。

「くそ、ギリギリまで粘ろう! 近くにいるかもしれない!」

ケータイを頼りに全力で繁華街通りを駆け抜ける。

「待ってよ! 優君!」

後ろからケンジの声が聞こえるが待っている暇はない。
リーブだ! リーブさえすぐさせれば時間がなくてもいける。

バイブレーションは繁華街の少し外れにもう一つを示した。

ここしかない! 賢次は置いて一刻も早くハートブレイクしたいが、ある事に気がつく。
また勝負逃げられたら意味がない。
ケンジが追いつくのを唇を強く噛んで待ち、ケータイを見る。
あと10分!
ギリギリまで諦めない!

ケンジが追いつくとすぐまた引き離す様に走り出し、バイブレーションで確認した。

いた! アイツだ! 強面の大きなパンチパーマ男!

ケンジと2人で、キョロキョロしている強面のパンチパーマに近づいた。
お互い時間も自分の状況も理解しているはずだ。

ケンジは追いつくと息を切らしながら自分を親指で指す。

「俺はプレイヤー」

両膝に手を着いてパンチパーマを睨む。

「僕もプレイヤーだ、勝負離脱しても意味ないの解るよね?」

パンチパーマは僕ら2人をじっと観察する。

賢次がハートブレイクして、パンチパーマが離脱する。
そしたら即、僕がハートブレイクする。
だがそれが裏目に出てケンジのを受けてしまっては意味がない。
パンチパーマが僕と同じポイント状況かもしれないし、拒否権をもう使ってる可能性は高い。

確率的に僕が先に言ったほうが良い、パンチパーマがケンジを指名する前に早く!

「ハートブレイク! ここで路上だけど勝負だ」

パンチパーマはじっとケンジを睨むと

「離脱するかなあ? そっちのが楽そうだ。てゆーかもう時間ないぞ、五分で何ができる?」

「いいから! 早くハートブレイクしろよ!」

僕はかなり焦ってしまっている。駆け引きをする時間もない。
パンチパーマはニヤニヤすると金色の指輪をちらつかせて顎を摩る。

「仕方ないな、ハートブレイク」

ケンジはハートブレイクの邪魔にならないよう、何も言わず何度も振り返りながら繁華街に消えていった。

あと五分! リーブさせるか少しのポイントでも稼げれば!

「あんた! 仕事は?」

パンチパーマは頭をかき目線を白々しく逸らす。

「なんだっけ?」

「とぼけるなよ! 仕事は?」

「おいおい、熱くなるとポイント減るぞ? まあ、見た感じもう手遅れっぽいけどな」

くそ! このパンチパーマまともに会話する気がない!
感情を揺さぶるんだ! なんでもいい!

「ヤクザ風のあんたなんかクズだ! 死ね!」

耳をかき指先を息でふっと飛ばすパンチパーマ。

「ふーん」

「コンプレックスがあるから強がってるんだろ!?」

感情が抑えられず、詰め寄り殺す気で掴みかかる。

「おいおい暴力かあ? ふああ、眠い。あと一分切ったぞ」

「あんたなんか!」

パンチパーマは勝ち誇るようにニヤニヤ口を別の生き物の様に動かし、遮る。

「ふーん」

くそ、会話をしないつもりだ。
もう、もう! もう……。

「兄ちゃん、ケータイ見て見なよ」

何時の間にか俯いていた僕は握り締めていたケータイを見る。

『タイムオーバー終了』

パンチパーマはケータイのアプリを顔に近づけて僕を見下しながら喋る。

「おい、もう終わったから帰っていいよな?」

ボーカロイド声は明るい口調が聞こえてくるが、僕の耳にはほとんど届かない。

「はい、後程またすぐご連絡させて頂きますね、失礼します」

「だってよ残念だったな。兄ちゃん」

パンチパーマはタバコを吸いながら繁華街の裏通り深くに消えた。


終わった……。ゲームオーバー……。ペナルティ100万以上?
払わさせられるのか!?
現実に?
本当に?
ここまで来たのに!?

「くそ! くそ!」

僕は四つん這いになり、手が壊れるんじゃないかという程に何度も地面を叩いた。

100万円……。100万円……! 100万円!
絶対それだけで済むはずがない。あと少し、あと少しだったんだ!

後ろからそっと叩く手を抑えられる。

「優君残念だけど、もう身体を痛めつける様な事は止めてよ。俺も心が痛くなる」

ケンジがいつの間にか戻ってきていた。
背中を何度もさすってくれるが、打ちひしがれた気持ちから震えが止まらない。

「なんなら僕も辞退して……」

するとケンジのケータイが鳴る。
鋭い目付きになり、賢次は少し離れて電話をするとすぐ帰ってきた。

鼻水をすすると、散らかって服に少しついたゴミなんかを払い除けながら立ち上がる。

「次のミッションか何か? もうゲームクリア?」

「優君は大丈夫、心配しなくていいよ。ごめんね、辞退できないみたいなんだ」

「いいよケンジまで借金を背負う事はないよ」

僕にはどんな催促がくるんだろう……。絶望から耳にまで心臓の鼓動が聞こえる。
法外な利子、破産、泣く母親が頭を過る。普通にヤミ金に100万借りるのとは絶対訳が違う。

僕は……負けたんだ。
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