心理戦の100万円アプリ
3rd Stage

残った8人

 目が涙で滲もうとした時アプリからの着信が鳴り頭から赤い感情が一瞬で死んだ。
 金の回収の話しか? ペナルティが怖い! いくら借金させられるんだ、利子は法外じゃないだろうな?

 僕は寒空の中、壁に話しかけるようにコンクリートに向かい震えた声を捻り出す。

「はいもしもし」

 ボーカロイドが画面の中で踊り明るい音楽が流れた。それが猟奇的に見え、気違えるかとケータイを落としそうになる。

「クリアおめでとうございます!」

「え?」

「渡辺様はハートブレイクを逃げる権限を使わなかったのでそれが30ポイントとなり、プラス収支でクリアとなりました」

「え……なんだよクリアなのか?」


 ど、どういう事だ? ペナルティはないのか?

「はい、クリアです。おめでとうございます」


 クリアしてたのか……。
 僕は座りこんで人生で初めての命の危機を脱した様に安堵して、肩の力がだらしなく抜けていく。

「つきましては明日昼の12時に場所を伝え、ある所に集まってもらいます。3日は最悪帰れませんので準備をお願いします。ではまた明日12時にご連絡します」


 ちょっと待て、3日は最低帰れない!? また勝手に通話が切れやがった。

「優くん……」

 心配そうに見つめるケンジを見て、まずクリアした事を伝えないと。

「ケンジ、クリアだ! 拒否権使ってないのが30ポイントになったんだ」

「本当? やっぱり優くんが負ける訳なかったんだ! 俺知ってたしね!」

 ケンジがジャンプして覆い被さってきた事で遅れて喜びがきた。興奮していつもより高い声で、返事をする。


「嘘つけ! 知らなかっただろ?」

 2人で笑うがすぐにケンジは真剣な目つきになり、空気が一変、色が暗くなる。

「3日帰れないとか言われた? 何するのかわかんないのに用意もくそもないよな。帰って寝て体力回復させるくらいだね。次は何があるかも解らないし、金額のレートも上がると思う。お互いもしかしたらクリアしなかったほうが良かったかもしれない」

 決して良い方向に進んでいる訳ではないのはすぐ理解できた。知らず知らずチャットだけだったアプリから、非現実に向かう自分の先が怖くなって仕方ない。
 無言で頷く事しかできず、昔の人が星を道標にしてたのを思い出し何かを期待して夜空を見上げた。


 ケンジと明日現地で待ち合わせをして重い足を引きずってタクシーに乗り込み家路へと別れた。

 帰ってから財布とケータイとタバコを布団に投げ、そのまま毛布に包まると考える余地もなく睡眠へと意識は落ちる。

 朝九時頃に目が覚め、昨日のタクシーからの記憶がない。疲れからか丸2日くらい寝た感覚で頭が重い。

 12時まであと三時間くらいか、準備をできるだけしてみよう。何が必要なんだ、水とか? いや、サバイバルとかはさせるはずはない。
 心理戦だからそれに必要な物なはず。
 結局携帯充電器二個と、お金と少しの非常食だけにした、小さなショルダーバッグに全て収まった。

 ここまではプレイヤー同士の勝負。
 次もハートブレイクが中心なんだろうがどんなステージなのか解らない。そもそも普通のハートブレイクですらなくなるかもしれない。

 ケンジはレートが上がるかもと言っていた。上がるならもう『100万円アプリ』ではなくなってくるな。どれだけ動くのかも解らない、儲けるやつもいるからかなり搾取するんだろう、そしてもし負けたら……。


 自分の得意分野もハッキリしている訳ではない。自分だけ丸腰で敵に突っ込む様な物。
 頼みの綱は、みんなが同じ条件にできるだけ揃う事だ。

 空腹がきてカップラーメンを二個完食してアプリからの連絡を自分が落ち着けるピアノソロを聴きながら待った。
 時間が段々気にならなくなり、ピアノの音にトリップする、歌詞がないからいい。何回も聴くと歌声はないが何を伝えたいのかが解ってくる。

 静かなリズムテンポに頭を揺らしていると、ケータイのバイブレーションと共に着信音が鳴る、まるで大地震がきた様に家具も震えているみたいに心臓が大きく鼓動し手が震える。
 音楽を切り、呼び出しに応じて画面を見る。

「はい」

 いつもの様にボーカロイドが踊り、陽気に喋ってくる。

「今から皆様に2時間以内に集まってもらいまーす、場所はメールで伝えます。お待ちしてますね。全員が集まったらまた連絡させて頂きます」

 また一方的に切られるがもうそんな事は気にならない。直ぐメールをタップして開く。
 住所……近いな。家の中に集合。家? どういう事だ。全員そこに集まるのか? あのモヒカンも……?

 メールをしても、現場で説明するとだけ返ってくる。予想では心理を揺さぶる仕掛けがなされた内装で、プレイヤー同士をぶつけるだ。

 ケンジみたいにトランプみたいな特技があれば……。いやないものねだりは辞めよう。
 集中して観察、そこからの推察、揺さぶり。これに集中すればいいんだ。
 緊張がじわじわ喉まであがってきて、何回もトイレに行く。


 トイレでタバコを一服して落ち着きを取り戻した僕は鏡に映る自分の目を見て、思考にスイッチを入れた。
 とりあえず急がないと、ゲームオーバー扱いされてしまうかもしれない。

 タクシーで移動して、1番早く着こう、出来るだけ早く状況を把握したい。何本も栄養ドリンクを途中で買って、タクシーで20分も移動すると指定された場所に着く。

「一軒家?」

 煙突があり、赤いレンガ造りの心霊スポットの様に周りに家がない隔離されたような一軒家が目に入った。


「おーい、遅いよ優君!」

「なんだよ、その馬鹿でかいバッグ! 何持ってきたんだよ!」

 ケンジはパンパンのリュックサックを重たそうに膝を曲げて手を降ってきた。

「えー? 必要じゃん。3日だよ? お菓子5千円分に、雑誌三つに、ゲームに……」

 指折り数えるのを無視して、一軒家の赤いドアを睨む。

「あー解った解った。もう他にも誰かきてるの?」

「1人だけ先に迷わず入っていったよ! 顔は見てない」

「中に僕らも入ろう、仕掛けやなんか見つけられるかもしれない」

 歩きながらドアに近づく。何があるんだ……。

「ねえ優君、優君の雑誌も持ってきたよ、3日には欠かせない重要な雑誌!」

 リュックからこぼれ落ちた雑誌を拾い、広げて横から見せようとついてくる。
 僕は完全無視して『ガチャリ』とドアを開ける。


 目の前に赤い絨毯がまず目に入り、右側にはキッチンと薪ストーブ、真ん中は応接間の様な空間にスタンド灰皿と八つのソファー、左はバカ長いテーブルに椅子が八つ。階段も奥に見える。
 中世ヨーロッパ風の少しお洒落なほとんどが赤色が目立つ雰囲気の部屋で、10人は住めそうな広さだ。

「ねえ、優君雑誌気になるだろ? ビックリするぜ? 何せ最新のエロ眼鏡特集……」

 ケンジは口を空けて雑誌を落とした。

 ソファーにあの女社長が座りニコリと手を振っている。


「やっぱりクリアしたのね優君」


「やあ、なんとか僕はクリアできてこれたよ。メガネかけるとやっぱり見るからに女社長だね」


「タイプだ……」

「え、ケンジ何? 挨拶しろよ」

「惚れた!」

 ケンジは女社長の所へ行き膝まずいて手を握る。

「俺と……結婚して下さい」


 女社長の彩子は手を跳ね除けてこちらを凄いスピードで向く。

「優君なんなのコイツ。まさか友達?」


「初めての時一緒にいたよ、メガネが多分キたんだろうね……。落ちてるエロ雑誌にメガネフェチって書いてるし。友達というかペットというか、まぁ可愛いやつだからよろしく頼むよ」


「長島賢次です、そういう訳でして結婚して下さいますか?」

 彩子は見下すと、スラッシャーしてしまうんでないかと思う程の勢いで冷たい見下した顔で腕を組む。

「嫌」


「ガーーン!」

 ケンジは上半身を仰け反らせてリュックサックが肩から落ちる。

 するとガチャリとドアが空き、ぬうと入り周りをゆっくり見渡す。パンチパーマだ、相変わらずヤクザ。

 パンチパーマはタバコに火をつけるとどかっと無言でソファーに座る。

 ケンジも僕も女社長の横にすわる。
 会話は無くなった。これから、クリアした人間が続々くる。

 3人共入り口を見て次々くるプレイヤーを観察する。
 私服に着替えたキャバ嬢、ハイエナ男、知らない高校生くらいの男、もう1人コートの帽子で顔を隠して入った男。

 これで八人全員か。すると応接間の天井のスピーカーから突然音楽が聞こえてきた、始まった!

 全員視線が天井に向く。
 それにしてもなんだこのメルヘンチックな音楽は。何処かで聞いた事がある様な曲くらいだけど、意味がるのか?

 音楽が切れるとボーカロイド声が聞こえてくる。

「八人全員揃いましたね! それではルールを説明します。ここで最後の1人になるまで、共同生活をしてもらいまーす。ハートブレイクは一日一回以上申し込まないといけません。断る事ができるのも一回。生活の中でもポイントは移動します、ここまでで質問はありますか?」

 5秒程時間が経つと続きが始まる。

「あまり怒ったりしたら駄目ですよー?リーブも今回は認められません。3日なので調整の為に追加ルールが出るかもしれません。ある決められたマイナスポイントまでいくと失格です。それと生活に必要なものは全て揃っています。質問はありますか?」


 キャバ嬢が天井に手を振る。

「最後の1人……つまり優勝すると賞金が出るの?」

「それは優勝した人にしか教えられません。後はメールなどで質問下さいませ」

「生活の中でもポイントが移動するなら、ハートブレイクの意味あるんか?」

 天井を見上げたパンチパーマは多分、上から見たら相当怖いだろうな。そして監視カメラも所々にあるな。

「あります、移動するポイントが全然違います。それよりハッキリと勝負がつけれて面白いでしょう?」

 22人も落ちたのか? ルールよりも、気になって仕方ない事がある。モヒカンがいない、多分暴力を起こしたな? マイナス500万いい気味だ。

 するとこちらを見ていたコートの顔を隠していた男性が、ハット帽子をとった。
 ツンツンはしてないが真っ赤なあの垂れた髪は間違いなくモヒカン! ピアスも全部取って別人の様な笑顔で手を振ってくる。

 これがモヒカンの本性? いや、絶対イかれてる方が本性だ。笑顔が逆に怖すぎる、視線をそらせない。

 モヒカンは立ち上がりハット帽子を胸にかざして、こっちにくると三人の中の僕だけを見てくる。やっぱりモヒカンだ、目の焦点が合ってない。
 他のプレイヤーは全員黙ってモヒカンを睨む。

「なぁ、共同生活だってよ。お前ら三人チームなの? 俺も入れてくれよおぉ」

 笑顔からの豹変は、変わったなんて単語どころではない。下舐めずりをして、指を目にやるとモヒカンはカラコンを外した。

 僕は後ろから木刀で頭を叩かれたみたいに仰天する。

「カラコン……だったのか、それ。 」

「そうだよお? 普段は紳士なんだぞ? ふぃっひひ」

「仲間は断る」

「お前をまたハートブレイクして壊すのは俺だからな、待ってろよお? ふぃっひひ」

 手の汗が半端ない、モヒカンと共同生活なんて大丈夫なのか? いや、あれだけ派手に動いてたんだ。
 みんなから避けられるのは目に見えてる。

「キャハハ、面白い。もう始まってる様ですがとりあえずオープニングセレモニーとして説明は終わります、くつろいでお待ち下さい」

 ボーカロイドは笑うとスピーカーは『ブツン』と音を立てた。
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